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遠征の終わり、〝いつも〟への帰還

「おお……」


 家族の誰からともなく声が漏れる。街道の向こうの草原は何度も見た光景だが、その街道もなく、ずっと草原だけが続いているのを見るのは、俺は初めてだ。


「辿り着いたなぁ」

「やっとこね」


 ヘレンとディアナがそう言葉を交わしている。思わず感慨深くなるのは仕方あるまい。


「ワンワン!」

「ぷきゅっ」


 すっかり仲良くなったルーシーと狸が風のように草原を駆け回る。

 パタパタと音が聞こえたと思ったら、ハヤテが一気に結構な高さまで飛び上がり、何かを探しているのか、或いは周囲を警戒してくれているのか、くるくると回っている。

 クルルとマリベルは草原をじっと眺めている。クルルはどちらかと言うとルーシーと狸の様子を眺めているようだが、マリベルは広がる草原が珍しいのかクルルの頭の上に乗っかって遠くをぼうっと見ている。


 ぼうっと見ているのは家族の皆もで、サーミャとリケ、リディとアンネは草原を、ディアナとヘレンはルーシーと狸を見ている。


「草原自体は珍しいものでもないけど、あれだけの道のりを乗り越えてきて見る光景だと思うと見え方が違うな」


 俺が言うと、家族の皆が頷いた。


「さて、一旦目的は果たしたが、実際のところはここから街道に出なきゃならん」


 追っ手から逃げるには、帝国まで行くにせよ、街に逃げ込むにせよ、あるいは都へ向かうにせよ、どこかで街道へ行くのが必須になる。

 草原を進んでいくことも不可能ではないだろうが、広いところだとそれだけ兵が展開できるので、想定上は相手のほうが有利になってしまうかも知れない。

 分散すればこちらが有利かもしれないが、その後の合流の手はずや、娘たちのことを考えると現実的ではないな。


「今回は実際に街道までは出ないけど、おおよその方角は知っておきたいな」


「たぶん、あっち」


 サーミャが指差す。そちらの方を見てみるが、やはり草原が広がっているだけでそれらしいものは見えない。

 道でも見えれば、希望の道であるかのように思ったかも知れないが、今のところそれはお預けだ。ずっとお預けのほうがいいものではあるので、そう思ってしまう日が来ないほうが良いかもな。


「いざというときはあっちか」

「うん」


 あまり使いたくはないものではあるが、脱出が必要なときにすべきことは見えた。

 改善が必要なところも数多くあるが、それは家族みんなで話し合って穴を埋めていけば良いだろう。


「よし、それじゃ帰るか」


 俺は来た道を引き返すべく振り返る。そこにはいつの間にか、狸がちょこんと座っていた。


「ぷきゅ」


 狸はぺこり、とお辞儀をした。いつか、うちを出て行った時と同じように。

 そして、あの時のように、森の中へと消えていく。それを見て、今回は引き留めようという考えが浮かぶが、すぐに振り払って頭から追い出した。

 見ればルーシーも追いかけたりはしていない。娘が我慢しているのだ、親父が我が儘を言って狸を困らせては、娘の辛抱が水泡に帰してしまう。


「きっとまた来るよな」

「そうね。きっとね」


 そう言ってディアナが「またね」と手を振り、俺たちも皆手を振りながら、口々に再会を望む言葉で狸を見送った。


 そして、俺は家族全員の顔を見回して言った。


「今度こそ、俺たちも帰るぞ。あの家に〝ただいま〟を言いに」


 皆の「おー」という声が、広い広い草原を風に乗って渡っていった。

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