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第14章 秘密のインク編

〝いつも〟の一日

 避難経路の確認を終えた俺たちが、我が家に帰ってきて最初にしたことは伝言板のチェックと、アラシが来ていないかの確認だ。

 帰ってきたのは、まだ日が落ちる少し前くらいの頃合いなので、明かりがなくとも何かがあればすぐに分かるだろう。


 だが、伝言板には特に何も残っていなかったし、アラシが来たらしい痕跡もなかった。

 どちらも事前に連絡をしてあったし、多少のことは言ってこないようにするとか、気を遣ってくれた面も多々あるとは思うが、基本的には世はなべてこともなし、ということらしい。


「ま、何もないのは良いことだな」


 ワイワイと荷物を下ろし、余ったものや、道中で採取したもの――もちろん、樹の魔物から得た木材も含まれる――を倉庫に運び込んでいる家族を見ながら、俺は独りごちた。


「えー、今日からは納品物だけをガンガン作ります」


 なんだかんだ疲れていたのだろう、俺以外の皆も夕食を手早く済ませてサッサと寝たらしい翌朝、いつもどおりに朝のあれこれを済ませ、鍛冶場に集まった皆に俺は宣言する。

 特に異論はないようで、皆頷いた。


「マリベルは当面やってもらうことはないから、クルル達と遊んできていいぞ」

「え、いいの?」

「ああ」


 俺は頷く。うちでは現状マリベルだけが扱える純粋な魔力による炎だが、量産品を作る際には普通の炎でも十分で、彼女の力を借りる必要はない。

 クルルやルーシーは俺たちが作業をしている間は、庭で遊んでいる。


 マリベルは目を輝かせた。当初はちょっと大人ぶっていた彼女も、リュイサさんのところから帰ってきてからは見た目相応の振る舞いをすることが増えた。

 炎の妖精であるところの彼女は、ある程度記憶を持って生まれ直しているらしいので、どっちの振る舞いもできるのだが、やはり今のように朗らかにしていてくれるほうが俺たちとしても嬉しく思えるな。


 マリベルは家族の笑顔に見守られながら、パタパタと走って鍛冶場のドアから外へ出て行った。


「よし、それじゃあ始めるか」


 皆から了解の声が上がって、俺たちは作業に取りかかった。


 はじめは俺が魔法で火床と炉に火を入れるところから作業は始まる。火床も炉も温度が上がるまでには時間がかかるので、その間に板金や道具の準備のほか、準備体操というかラジオ体操も行う。

 ラジオ体操はもちろんBGMなどはないので、動きだけだ。最初はなぜこんな動きを知っているのかと、色々勘ぐられるかもと思っていたのだが、皆からは特に何も言われずに俺の動きを真似してくれている。


 ちなみにふとした折に皆に聞いてみたところ、


「エイゾウだから、なぜか知っていても不思議はない」


 という結論に皆で至ったらしい。それを聞いた俺は苦笑するしかなかったが。


 ともあれ、そんな風に作業の一日が始まっていく。できればずっと、こんな〝いつも〟で一日を始められるといいのだが。


 しかし、そんな期待は昼過ぎにはあっさりと覆されるのだった。

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