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森を抜けて

 そして納品の日がやってきた。今日はお天道様も随分とご機嫌で、春の日にしても麗らかというよりも、むしろ夏日に近くなりそうな気配。

 こういう日にお定まりの経路とはいえ、お出かけできるのは気持ちがいいことだろう。

 その後に、のほほんと聞いていていいかどうか分からないような話が待っていることは、頭の中から追い出したほうがよさそうだが。


「よいしょ、と。これで全部かな」

「やっぱり、かなりの量になりましたねぇ」

「3週間分だからなぁ」


 俺とリケは荷物を積み込んだ荷車を見上げた。いつもクルルに牽いてもらっているそれには、結構な数の剣だのナイフだのが積み上がっている。

 俺たちの座るスペースを少しだけ浸食しているが、これくらいなら全員着席できるし、クルルも余裕で牽けることは確認済みだ。


 いそいそと家族全員が乗り込み、クルルが、


「クルルルルゥ」


 と鳴くと、竜車はゆっくりと進みはじめた。


〝黒の森〟の中はのんびりと時間が過ぎているようで、どこからもピリピリした気配は感じない。

 俺が来た昨年の春はたまたま、おそらく魔物化していたであろう大黒熊がいたが、あれが相当イレギュラーな事態だっただけで、サーミャによると、本来であれば〝黒の森〟の春とはこういうものなのだそうだ。


「こうして見ていると、のんびりした森なんだがなぁ」


 普通にそこらを人間の子供が探検がてら走り回っていても不思議がないとすら思える。


「強いアタシたちがこうやってる分にはな」


 そう言ってサーミャが小さくため息をついた。

 この森はこの世界でも有数の危険地帯……だと思われている土地なのである。

 そして、その評価は多少の誤解を含むものだが、大きく間違っていないこともまた確かなのだ。


 サーミャが言うように、森全体が一見するとのんびりしているのは、俺たちが強くて獣たちが近寄ろうとはしないからだ。

 たまに「ちっこいの」が人間を危険な生物とは思わずに近づいてきたりすることはあるのだが、それでも大抵親御さんが対処するからな。


 そんな状況でも俺たちが警戒を怠らないのは、警戒する対象が獣たちよりも人だからである。

 先だって行った〝黒の森〟踏破行も、いつか人の襲撃を受けたときの訓練であったし。

 ある程度の人を動かせば目立つし、かといって少数精鋭では俺たちに太刀打ちできない可能性が高まる。


 なにせ〝迅雷〟に〝剣技場の薔薇〟までいるのだ。

 そして、襲撃者たちは知る由もないが、〝剣技場の薔薇〟は〝迅雷〟の薫陶を受けて更に実力を上げている。

 まだ俺のほうが僅かばかり強いが、早晩勝率が半々になりそうな勢いである。

 アンネもそうだし、サーミャとリディは近接戦闘はともかく弓がドンドン上達しているらしい。

 らしい、というのは俺がその稽古を見学する時間を取っていないからなのだが。


 リケもナイフの道具としてではない使いかたをヘレンから少しだけ習っていて、ヘレン曰くは、


「野盗くらいなら普通に追っ払える」


 ところまで来ているらしい。それ、十分強いっていうような気がする。


 ともあれ、それだけの戦力があるところに、中途半端に兵力を送り込んだところで、あっさり返り討ちに遭うのは火床の火を見るより明らかな話なので、そうそう刺客を差し向けてはこないだろうな、とは思う。


 だが、それで気を抜いているところを襲われて誰かが大怪我でもしたら目も当てられない。

 なのでクルルと、文字通りクルルの手綱を握るリケ以外は周囲を警戒しているわけである。

 見通しの利きにくい森の中ではサーミャとルーシーの嗅覚、聴覚が大きく頼りになる(リディはエルフで耳が長いが、特に聴力に優れるとかはないらしい)。


 鼻と耳をヒクヒク、ピコピコと動かす様は可愛らしいが頼もしくもあり、俺はそんな光景を時折視界に入れながら、木の枝が怪しい動きをしていないか、変な影があったりしないかに目を配るのだった。

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