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伯爵のオーダー

「お前にとっちゃ大した話じゃないかもしれん」

「聞いてみないことには分からんぞ」


 俺は苦笑した。前の世界でも「これなら数時間で終わるだろう」と踏んでいた作業が、いざやってみたら2~3日かかったことが何度でもある。


「今のところ、暗殺に失敗した原因がどうも指輪らしいとはバレてない」

「〝災厄除けの加護〟については、誰も口外してないからな」


 俺が応えると、カミロは頷いた。

 たしか、材質もおおっぴらにはされていなかったはずだ。特に隠しもしてはいないらしいが、情報を集めていなければ北方のものらしい紋様の入った金の指輪にしか見えないだろう。


「暗殺は2回実行されたが運の良いことに、1回目はたまたま身体を動かしたことで避けられて、2回目は暗殺者がなぜか武器を取り落として未遂に終わってるんだ。2回とも奥方が同席していないときだったらしいし」

「強力だなぁ、加護」

「そうだな。俺も欲しいくらいだよ」

「そりゃそうだ」


 フフッと笑みがこぼれる。〝災厄除けの加護〟は物理的に守ってくれるものではなく、偶然回避できるものらしい。病気なんかは知らず知らずのあいだに治ってる、とかなんだろうな。


「で、だ」


 カミロは居住まいを正した。俺も崩していた姿勢を正す。


「2回目までは〝たまたま〟運が良かったで済んだとして、次に回避したときに、それを相手が〝たまたま〟だと思ってくれると思うか?」

「それは厳しいだろうな」

「何かを持ってるかも、と思われたときに、指輪に目をつけられるわけにはいかない、というのが、伯爵閣下と俺の意見だ」

「俺も同意するよ」


 短期間で何度も狙ったとなれば失敗したときのリスクも上がっていく。恐らく次回に失敗すれば、しばらくは控えるだろう。

 1回目より2回目、2回目より3回目のほうが腕の良い暗殺者を使ってくることは明白だが、いずれも「運」だけで回避していれば、何かの介在を疑われる可能性も出てくる。

 何せ魔法が実在する世界だ。マジックアイテムも数は相当少ないが存在する……と、インストールの知識が教えてくれている。

 その知識は同時に伯爵くらいが持っていることはあまりない、という事実も教えてくれた。


 そして、その時に指輪に目をつけられたくない。材料が貴重なこともあるが、それ以上に妖精の加護を受けている品、なんてものに目をつけられたら、マリウスの気が休まるときはなくなってしまう。

 なんなら王家からもあれこれ言ってきかねないようなものだし。

 侯爵はどうだろうな。マリウスを息子のように可愛がっているから、取り上げたりはしなさそうだが、その辺の判断がシビアそうでもあるからなぁ。


「そこでお前さんには、それっぽいだけでいいから、次は『これを身に着けていたから大丈夫だった』と言えるようなものを作ってほしいんだ」

「なるほど。だとすると……装飾品か?」

「いや、それだとそれこそ王家に召し上げられたあと、何か起きるとまずいからな」

「ああ、そうか。となると……」


 それ自身になんらかの効果を持たせないといけないわけだ。

 そして、一見して普通でなくてはいけない。できれば、


「実は今までもこれを身に着けていたのだ」


 と言えるようなものが望ましいが、


「2回も襲われたので、流石に今回は備えました」


 とは言えるので、ここはあまり気にしなくても良さそうだ。

 家に戻ればアダマンタイトにヒヒイロカネが残っているはずだが、今回はそれも無しで、鋼でやるしかない。

 魔力については都で作業をしたときと同じようにナイフを混ぜ込めばなんとかなるとして……。


「ごく薄い鎖帷子かなぁ……」


 俺はボソリとそう呟く。その瞬間、俺からは見えないにもかかわらず、リケの目がキラキラと輝き始めるのがなぜだか分かったのだった。

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