「道具は一通り揃ってるんだよな?」
カミロは俺の質問に頷いた。
「もちろん。よほど特殊なものなら別だけどな」
「それなら平気だ」
普段、自分の工房でも大きく変わった道具は使っていない。
火床は鞴からの送風が維持されるだけで特に変わったものではないし、ヤットコや鎚は言わずもがなだ。
せいぜい手に馴染んでいるかどうかくらいで、それも作業するには大きく影響することはない。
1つだけ大きく違うのは、炉だ。うちの工房にある炉は魔法で火力を維持するのはもちろん、スラッグも生じないし、鉄を溶かす度に壊す必要もない。
今回は板金を延ばし鋼線にして、それを巻いて輪っかを作っていく事になるだろうから、炉の出番はなさそうだ。
ナイフを潰すにせよ、溶かすところまでは不要だし、問題はあるまい。
それに、与えられた道具だけでどこまでできるかも、腕の見せ所である。
最近はカミロ達に量産品はともかく、一点ものについては腕の良い鍛冶職人であるところを見せてなかったようにも思うし、ここらで一丁それなりの腕があるところを見せるのも良かろう。
「そう言えば、お前がここで作業するって話を、マリウスがカレンさんにしたらしくてな」
「へえ」
カレンさんの件も、もう随分と前のように思える。あの時に抱いた悪感情はもうだいぶ薄れている。
もう少し腕が上がれば呼んでも良いかなとは思っているが、上がり方が僅かずつのため、タイミングを掴めないでいる。
上達が僅かずつなのは、俺ができるのは品評までで、そこに指導を含めてはいけないからだ。
カレンさんはあくまで自分の力で上達したうえで、エイゾウ工房に向かいたいのだそうで、それを知った時点でもういずれ呼んでいいか、とはなったものである。
北方の人間であるカレンさんにマリウスがそこそこの機密を話すということは、彼女が信頼を得ているようだ。
流石に悪戯心だけでそういうことはしないだろうし。……多分。
ともあれ、一定の要件を満たしたあかつきには、いつ来ても良いようにはしておこうと思う。
「今回の鍛冶場で手伝いを任せようかとも思ったんだが、カレン嬢に断られてな」
「エイゾウ工房に弟子入りするだけの腕がないのに、って?」
「ご名答。手伝って間近で仕事を見たいのはやまやまですが、とも言われたそうだが」
カミロは笑って茶を一口啜った。なるほどカレンさんらしい。本当に最初から真っ直ぐ来てくれていれば、もっと早くに話が進んだだろうな。
俺のほうにも落ち度のある話ではあるが。
そこへ、番頭さんともう1人、若い女性が入ってきた。短い黒髪に、俺やリケが普段鍛冶仕事のときにしているようなエプロンをつけていて、ガッチリした体格がいかにも鍛冶師という感じだ。
「準備ができました。この者に付いていってください」
女性はペコリと頭を下げた。
「ペトラです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、お世話になります」
「彼女は普段は都のエイムール家の鍛冶場にいるんだが、今回の手伝いを頼んだんだ」
「ほほう」
ペトラさんはニコリと笑った……のだろう。緊張からか、いまいちニッコリとはできていないが。
「それじゃ、早速お願いしますね」
「はい!」
ガチガチとややぎこちない動きで、ペトラさんは俺たちを先導し始めるのだった。