ヘレンとディアナの2人と別れたあと、温泉脇に設置した〝竜の吐息〟保管庫にやってきた。
「どれどれ」
煙や炎が上がっていないことは見れば分かるが、その手前までいってないかの確認は必要だろう。
近づくと、柵の中には変わらず壺があるのが見えた。相変わらず温度は高いらしく、壺の周りには陽炎のようなものも見える。
柵のすぐそばまで来たので、壺の周りに小動物がいないかをまずは確認した。確認する間もそこそこの熱さを感じる。
この熱さでは思いの外早く具合を悪くしてしまって、行き倒れている小動物がいるかも知れない。
なので、念入りに確認をしてみたが、どうやら心配していたようなことはなさそうだ。俺はほっと胸をなでおろす。
俺は柵の間から手を伸ばして、壺に近づけた。
「うーん。そこまででもないか……?」
確かに壺はかなり熱くなっているのだが、それでも中で湯が沸いているくらいの温度のように感じる。〝竜の息吹〟の引火点が何℃なのかは分からないが、まだまだ燃え上がるには程遠そうだ。
「ドラゴンがブレスを吐くときは、もっと高濃度の魔力を一気に流すとかなんだろうなあ」
そこそこの時間が過ぎていてこの状態であれば、〝黒の森〟の高濃度な魔力でも自然界に存在する程度では〝竜の息吹〟が燃えるまでに至らないのは、ほぼ確定したと言って良さそうに思える。
それで燃えるなら、この〝黒の森〟にドラゴンが降り立ったら〝竜の息吹〟が燃え上がってしまうだろう。〝大地の竜〟が眠り、その一部が顕現しているここでそんなことになるとは考えにくい。
さておき、これで〝竜の息吹〟が当面安全らしいことはわかった。カリオピウムの様子についても少し気になるが、ここは余計なことはせずにもう少し我慢してみることにして、俺は鍛冶場に戻った。
「どうでした?」
鍛冶場に戻ると、練習をしていたリケに聞かれた。俺はグッと親指を立てる。
「ああ、〝竜の息吹〟が危なくなさそうってのは分かった。カリオピウムのほうはもうちょっと待ってからだな」
「なるほど。危険が無さそうなら安心しました」
リケはそう言って頷いた後、傍目には細長い鉄の板のように見える物を2つ、俺に差し出した。
「どうでしょう、これ」
刀を造る工程に「造込み」というものがある。大雑把に言ってしまうと、柔らかい鋼を硬い鋼で様々な方法で包み込む工程になるが、リケが差し出しているのは、そこで使う2つの鋼だ。
「どれどれ」
俺はその2つをチートも併用して見比べる。チートは上手く働いてくれて(鍛冶仕事なので働いてくれないと困るが)、その2つの特性をしっかり見分けることが出来た。
それによれば、確かに片方は質の良い、硬い鋼になっている。もう片方は炭素量が少なく、幾分柔らかいものになっているようだ。
この2つなら、ちゃんとした刀になりそうに見える。
それにしても、この短時間でここまで進められるとは、ドワーフの腕前おそるべしだな。生半可な鍛冶師では到底太刀打ちできるところではない。
「うん、良いんじゃないか。このまま造込みから素延べに移っていっても良いと思うぞ」
本当の刀鍛冶であれば、こんな気軽に言うことではないのだろうが、ここは前の世界ではないし、目を瞑ってもらいたいところだな。
「わかりました! またお願いします!」
「ああ」
メキメキと実力をつけていくリケ。その後ろ姿を見て、俺はもしかすると「その時」が近づいているのかもなと、嬉しさ半分、寂しさ半分で自分の仕事に戻るのだった。