俺はさっきまでのこと思い返した。羊皮紙を片付けようとした時……いや、その少し前か。
ヘレンにバシンと勢いよく背中を叩かれ、その時に起きたことはといえば、茶が少しこぼれたことだ。
その時も羊皮紙は月明かりの下にあった。そこから文字が現れ始めたということは……。
「水分と月明かりか!」
俺は思わず大きな声を出してしまった。皆がこちらを見て、俺は少しだけ身を縮こまらせる。
困ったような顔をして、ヘレンが言った。
「どうしたんだよ、急に」
「ちょ、ちょっとこれを見てくれ」
俺は羊皮紙をテーブルの上に広げて指差す。さっきまでは確かに何も無かった場所に、はっきりとした文字が浮かび上がっていた。
それを見てヘレンの目が丸く見開かれる。
「おお、文字が出てきてるじゃんか」
「他の羊皮紙も試してみよう」
俺はまだ文字が出ていない羊皮紙に慎重に水を含ませ、月明かりの下に置く。皆が息を潜めて見守る中、文字がじわじわと浮かび上がってきた。確かに俺が昨日書いた文字だ。
これで再現できたな。
「月明かりだけだと消える。水分と組み合わさると出てくるってことか」
「なるほど」
リディがそう言って両手をポンと合わせる。
「月って不思議ですね。カリオピウムも不思議なんですけど」
「だなぁ。あ、もう一つ試してみるか。マリベル、すまないがちょっと協力してくれ」
「いいよ!」
炎、といっても熱さを感じないそれをたなびかせつつ、マリベルが文字通り飛んできた。
俺はマリベルに羊皮紙を見せて言った。
「こいつを乾かして欲しい。もちろん、燃やさないようにな」
「よゆーよゆー」
エッヘンと胸を張り、マリベルはグッと身体全体に力を篭めた。彼女から炎が噴き出す。見た目には派手だが、近くに寄ってもそこまで熱さはない。
噴き出す炎が羊皮紙の表面を舐めると、水分で少し色が沈んでいたところが明るく戻る。
やがて、羊皮紙は乾いていた頃の色を取り戻した。
「よし、こんくらいで良いぞ。ありがとうな」
「うん!」
役に立てたのが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべるマリベルの頭を俺は撫でてやる。
羊皮紙に目を移すと、そこには変わらず文字がある。
「よしよし、乾くと消えるわけでもないな」
機密性を考えれば、一度消えた後は水と月光が組み合わさっているときのみでも良いかも知れないが、ちょいと不便なのも確かだからな。消えないでくれたほうが便利だろう。
それに、
「こうやって、もう一度月光に晒せば……」
ジワジワと、見えていた文字が消えていく。文字を消したいが、紙は残しておきたいときはこうして再度出現させた後、そのまま月光に晒せば良いだけである。
紙ごと消したいときはどうすればいいか。この場合はそのまま燃やすなりしてしまえばいい。それで存在は消える……はずである。
「それはまた明日かな」
家族はと言えば、面白がって羊皮紙の文字を出したり消したりしている。夜風に揺れるマリベルの炎が、テラスに集まった家族たちの顔を優しく照らしている。
ルイ殿下にはもう少し実験をしてから報告しよう、そう俺は考えるのだった。