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インクの完成

 翌朝、いつもの通りに湖へ娘達と水汲みへ行く。


「もう朝も寒くないなぁ」


 つい最近までは朝は幾分肌寒さを感じていたものだが、今日はそれを微塵も感じなかった。


「今度皆でお出かけしようか」


 俺は一緒に歩く娘達にそう提案した。


「いいの!?」

「もちろん」


 マリベルが喜色満面の笑みを浮かべる。そもそもこの世界での俺は余生をのんびり過ごす鍛冶屋のオッさんなのである。

 そうそう騒動に巻き込まれたくもない。……と思っているのだが、どうもこの1年はなかなかに忙しかったし、これからもただただのんびりするというわけにもいかなさそうなのが悩みの種だ。


 だが、インクの件も片付きそうだし、そこで休みを取っても文句は出ないだろう。


「帰ったらママ達にも聞かなきゃだが、ダメとは言わないだろうさ」


 反対する姿はちょっと想像できない。娘達を連れてお出かけとなれば、むしろ率先して推進するだろう。


 俺の言葉に、マリベルはもちろん、クルルもルーシーも、そしてハヤテも声を上げて喜んだ。


 そして水汲みを終えての朝食時にこの話をしたのだが、一も二もなく速攻で了承とあいなった。

 まあそうなるよな。


 朝の諸々を終えて、俺はインクの最終試験にとりかかる。

 俺の手には3枚の羊皮紙。1枚は文字が出た後に乾かして月光に晒したもの、もう1枚は文字が出た後に乾かし、箱にしまっておいたもの、そして文字が出た後、濡れたまま放置しておいたものだ。


 結果として、2枚は文字が消え、1枚は文字が出たままになっていた。濡れたものは単に乾いたタイミングでまだ月光がさしていたから、ということだろうな。

 いずれにせよ「これなら確実」という方法は発見したのだ。新月の夜ではどうなるかや、朝まで濡れた状態にしておくとどうなるか、などはルイ殿下のところで実験して貰うことにしよう。


 今日俺がやりたい最終試験は、「何かで文字が残ってしまうことがないか?」ということである。

 あまりに筆圧が高ければ、筆跡が紙自体に残ってしまうだろうが、それ以外でも炙り出し的な方法で見えてしまうことが本当にないのか? を確認したいのだ。


 実際には炙り出しは文字が消えたときに試したので、その他の方法……を試していく。


 文字が消えている羊皮紙を1枚手に取り、水に濡らしてみるが、当然出てこない。この状態で日光に晒したが、状態は同じなので、やはり月光のみの可能性が非常に高いようだ。


 俺は続いて乾いて文字が出ていない方を手に取った。それを金床に置いて、文字を書いたあたりを鎚で叩いていく。衝撃で文字が現れたりしないかの確認だ。

 文字が衝撃で? とは思うが、月光と水分の有無で出たり消えたりするものである。思わぬきっかけで出てくる可能性も考慮せねば。

 このあたりの感覚は、前の世界での仕事の癖が未だに抜けてないってことなんだろうな……。


 濡れた方も叩いてみたが、こちらも変わらずだ。そして最後に試したかったこと。


 羊皮紙を手に持ち、火床で赤々と燃える炭を一つ、ヤットコで軽く摘まむと俺はそのまま庭に出る。

 気持ちの良い風が吹いているが、今はそれを楽しんでいる暇はない。


 羊皮紙の上に炭を置くと、羊皮紙はゆっくりと丸まってきていたが、やがてブスブスと煙を立て、そして火がついた。


 処分は基本的に燃やして行うだろうから、それで見えることがあってはまずかろうと思っての実験だ。

 羊皮紙は一気に燃え上がることもなく、ゆっくりと火が広がり、やがて灰だけをそこに残す。

 その中に文字が見えないか、肉眼と魔力と両方で見てみたが、俺の目にはそこには灰があるだけに見えた。


「よし、これだけやって問題ないなら大丈夫そうだな」


 俺はここまでの実験結果を羊皮紙に纏めるべく、鍛冶場に取って返す。


「あ、インクは普通のとカリオピウムインクと、どっちを使おうかな」


 そんなことを言いながら。

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