「どうだった?」
俺が鍛冶場に戻ってくると、ディアナにそう聞かれた。俺は親指を立てつつ返事をする。
「思った通りの方法以外では見えちゃうことも無さそうだ。一旦これで納品するよ」
「それじゃあ……」
「ああ、完成だ。今夜はちょっと良いものにしよう」
わあと喝采が鍛冶場に響き、皆自分の作業に戻っていく。
俺はそれを笑顔で見ながら羊皮紙を1枚取り、商談場所として用意したスペースに筆記用具とインク(消えるのと普通のと両方)と共に座った。
「さてさて、一筆したためますか」
まず羊皮紙に普通のインクで、カリオピウム製のインクが完成した旨と、おおよその量を書いておく。
開発時のこともマリベルについては伏せつつ少し書いておいた。ここは前の世界での経験が少し活きている。
そういえば、報告書なんて書いたのいつ以来だろうな。前の世界では結構書いてたものだが、こっちの世界に来てからは書類仕事とは縁がない。
まあ、あまり好きな仕事でもないので、ないのはありがたいところなのだが。
そして、小さく文字が現れる条件も書いた。小さくて気がつきにくい箇所ではあるが、ルイ殿下ならきっと気がついてくれることだろう。
「よし、次だ」
俺はペンを持ちかえる。そちらにつけるのはカリオピウム製のインクである。
そのまま、今度は文字が消える条件を書く。
書く場所は、普通のインクの文章の隙間にしておいた。ちょっと見にくいだろうが、いかにもではない場所から出てきたほうが楽しそうだし、ご愛敬ということで許して貰えるだろう。
後は今晩、これを月光に晒して文字を消せば報告書は完成である。
報告書を書き終えた俺は、残りのカリオピウム製インクの量を確認する。最後の実験で使った分を差し引いても、まだ十分な量が残っているな。
「そうそう、容器も用意しないと」
今まで使っていた容器は実験用だから、納品用にはもう少しちゃんとしたものを用意するか。
しかし、うちでは商品として扱うような液体がない。畑の豆などからとった植物油はあるが、それはうちで使う分で、卸すほどの量はないし。
なので出荷に適するような小瓶などはないのだ。いや、カミロの店には綺麗な小瓶があったな。ルイ殿下に渡すときにはそれに入れて貰うようにしよう。
俺は出来たインクを実用のみの無骨で小さな瓶に移し、栓をして、その上から紐を巻いて溶かした蝋で固めた。これでそうそう漏れることはないはずだ。
「もう1つ書かなきゃだな」
こっちは先ほどの報告書よりも更に気が楽だ。単に「明日納品に行く」とだけ書けばいいのだから。
念のためそこに「インクを入れるのに良い容器がなかったから、もし店にあれば見繕っておいてくれ」と書き足しておいた。
これで後は昼飯の後にでもハヤテにお使いを頼むだけだな。羊皮紙をクルクルと丸めながら、俺の思考は既に今日の夕食を何にしようかというところへ向かって行くのだった。