「なんだか随分と久しぶりな気がするな」
荷物をクルルの荷車に積み込みながら、俺は言った。
インク完成記念の小さなお祝いをした翌日。「いつもどおり」の朝を過ごし、街へ納品へ向かう準備中である。
俺の言葉を聞きつけて、ディアナが言う。
「街へ行くのが?」
「いや、こうして荷物を積み込んで、ってするのが」
これをしたのは結構前だったような気がする。街で鍛冶仕事をし、都で遺跡に潜り、帰ってきたらカリオピウム製インクを作っていたのだから、そう感じるのも当然か。
「ああ、そうかも知れないわね」
「だろ?」
とは言え、しばらくはのんびり出来るはずだ。よほど急ぎで、かつエイムール家やカミロのところがヤバい状況とかでもなければ大きな仕事は受けたくない。
「のんびり」には通常の納品も含まれているので、カミロには安心して貰いたい。
「よいしょと」
インク瓶を最後に積み込む。瓶は布で覆った上で、紐でくくってある。ここからカミロの店までは平坦ではないが、揺れてもこれなら平気だろう。
荷台の上から落っこちたりすれば別だろうが、それはヘレンやルーシーが許すまい。
「よし、それじゃあ出発だ!」
『おー!』
「ワンワン!」
「キュイッ!」
久々の納品にやや威勢良く号令をかけると、皆も元気よく応えてくれ、
「クルルルル!」
クルルも一声鳴くと、元気よく一歩を踏み出した。
〝黒の森〟も街道も、春の陽気でどこかのどかさを感じる。〝黒の森〟のほうはサーミャ曰く獣たちの活動が活発になるらしいので、見た目よりもかなり物騒なのだが。
さておき、のどかさを反映するかのように、どちらも何事も起こらずに通ることができた。
見えてきた街の衛兵さんも、のんびりと日射しを楽しんでいるように見える。
俺が荷車の上から軽く手を挙げると、衛兵さんは朗らかに微笑んで言った。
「おう、あんたらか」
「どうも。良い天気ですね」
「そうだな。ずっとこうして平和だと良いんだが」
「そうですねぇ」
「じゃ、気をつけてな」
「衛兵さんも」
こんないつもの挨拶も、どこか間延びして聞こえる。
のんびりした空気は街の中でも変わらずで、そこそこ人でごった返す目抜き通りも今日は騒々しいというより、賑やかと言ったほうが良い感じだった。
「春になって、色々なものが出回っているみたいですね」
行き交う人の背嚢や、手に持つ籠からはみでているものを見て、リディが言った。
俺が一見しても、ハッキリとしたことは分からないが、いずれも野菜や香草の類のようだ。近くの集落から街へ売りに来ているのだろう。
「帰りにちょっと自由市を見て行くか」
この街には、少しのお金を払えば自由に売り買いしても良い場所がある。名前はそのまま自由市だ。普通であれば、申請して許可を得た者のみが商売を許されるが、そこではそういったことはない。
「いいんですか?」
「もちろん」
俺もこの世界へ来た当初は自由市のお世話になった。今の状況を見ていくのも良さそうだし、リディだけでなく、サーミャやリケ、ディアナにヘレン、アンネが欲しいものがあれば(傭兵や皇女殿下が欲しがるようなものがあるかはさておき)、カミロの手を煩わせずに少し買っておくのも悪くない。
それで気に入れば、カミロに頼んで定期的に仕入れて貰えば良いのだし。
ディアナが道行く人々の荷物を見てはリディに質問し、荷車から顔を出したルーシーが、いつもの強面のオッさんに小さく手を振ってもらいながら、荷車は人波をかき分けるように、街の中を進んでいくのだった。