カリオピウム製インクの納品も終わり、いつもどおりの生活が戻ってきた。
毎朝水を汲みに行き、朝飯の準備をして朝飯を食ったら、鍛冶場の神棚|(のようなもの)に拝礼をする。
それも終われば、鍛冶場の炉と火床に火を入れ、間に昼食を挟みつつ、カミロのところの納品物を作る。
日が暮れたら鍛冶場の火を落として片付けをし、女性陣は娘達の相手を、俺は夕食の準備をしたあと、温泉に入って夕食をとって寝る。
時折、世の中の情報をカミロがまとめた「新聞」をアラシが持ってきてくれるので、昼食や夕食の後の休憩時間にそれを読んだりもする。
まあ大抵は「世はなべてこともなし」で、王国や帝国での些末な出来事が書かれているだけなのだが、「文字を読むのにちょうど良い」とかで、サーミャやヘレン、そしてマリベルといった、あまり字を読むのが得意でない家族たちにも読まれている。
カミロの字はとても綺麗だと言うほどではないが、悪筆でもない。つまり、一般的な文字の綺麗さであることが、教育に良いらしい。
俺はチートによってこの世界の文字を読めるし、綺麗かどうか、ある程度は分かるが、さすがにディアナやアンネほど読んでいるわけではないので、どれくらいに位置するものかまでは分からないからな。
忙しいからか、カミロとは違う字のものが混じっていることもある。多分あれは番頭さんの字だろうな。
そして、週に1日は休みの日を作り、森の中を散策したり、畑のことや、家の傷んできた部分の補修をしたりする。
2週間に1回はカミロの店に納品だ。〝黒の森〟や街道の様子を見つつ、衛兵さんや丁稚くんに会えるときでもある。
こうして春が何事もなく(カリオピウム製インクの文字が本当に出たり消えたりすることについて、ルイ殿下からいささか興奮した書簡は届いたが)過ぎていき、そろそろ暖かいと言うには少し気温が上がってきた頃の夕食時である。
「消耗品?」
「そう」
俺が言うと、サーミャは頷いた。彼女に「消耗品を作る予定はないのか」と聞かれたのだ。
「炭とか粘土とか」
「どっちも今はカミロから買ってるやつだな」
うちの消耗品は基本的にはカミロに調達してもらっている。質の良いものを調達してくれているし、代金が納品物のものと相殺なので、俺としては気が楽なのもある。
「粘土は〝黒の森〟中を探さないといけないから厳しいとして、炭はなんとかできるかもなぁ」
この〝黒の森〟の樹木は乾燥が早い。水分をあまり吸い上げず、その分は魔力で補っているかららしい。硬さもあるので材木としては優秀だが、炭としてはどうだろうなあ。
炭を作ることそのものは難しいものでもない。もの凄く乱暴に言えば、燃焼時に酸素と木の炭素が結びついて二酸化炭素になってしまうため、どこかの時点で酸素をある程度遮断し、炭素を残りやすくすればいい。
手法としても、かなり原始的な方法でも炭は作れてしまう。
ただ、それで作った素人炭が、俺たちの日々の作業に使うときに問題ない品質であるかまた別の話だ。作りはしたが、温度を上げるにはあまり適していないということでは困る。
火の番もいるだろうし、そもそもカミロに対する不義理になってしまわないかという懸念もある。
だが、それでもサーミャが気にしたのは、
「ここを離れなきゃいけないときに、カミロのとこから仕入れられるとはかぎらないだろ」
ということである。今、あちこちから狙われている可能性がある我が家は、基本的にはここに立て籠もって戦う決意をしているが、それがダメそうなら放棄も視野に入れている。
その時に、少しでも「仕事」が続けられる状況を作るために必要な物資が様々あるわけだ。
「そうだなぁ……」
手法の確立はしておいたほうが良いかも知れない。うちの施設として炭焼き窯を作るまではしないにしても、サーミャの言うとおりの事態に備えるのは悪いことではない。
「よし、ちょっと試すだけ試してみるか。ひとまずは確認だけってことで」
俺がそう言うと、サーミャだけでなく、家族の皆がどこか決意を秘めたような目で頷くのだった。