試作品を作ってから2日が経過した朝、俺は工房の壁に並べた試作品を眺めていた。
葉脈型、渦巻型、放射状、格子状など、様々な溝の形状を刀で言う茎にあたる部分にあるナイフがずらりと並んでいる。
「さて、どうかな」
リケが記録ノートを手に歩み寄った。彼女は朝と夕方の二回、各試作品の魔力状態を記録している。
「正直、まだ短期間なので決定的なことは言えませんが、傾向は少し見えてきました」
リケが指差したのは葉脈状の溝を持つナイフと渦巻状の溝を持つナイフだった。
「この二つが僅かながら他より効率が良いように思います。特に葉脈型は、魔力の減少が他よりわずかに遅いようです」
「そうなのか?」
サーミャが身を乗り出して見る。目を細めたり、頭を近づけたり離したりしているが、よく分からなかったようで首を傾げていた。
「まだわずかな違いですが、継続して観察する価値はありそうです」
そうリケの報告を受け、俺は顎に手を当てて考え込む。
チートの力で見ると、確かに葉脈型の溝に沿って、魔力の流れ方が少し他と違うように見える。
わずか2日なので、あまり差は無いが、それでも違って見える程度に差があるのはここが〝黒の森〟だからだろうな。
「これは面白いな。自然の形には理由があるってことか」
俺が言うと、リディが微笑んだ。
「自然界の形は長い時間をかけてそうなってきたものですからね。魔力も同じ原理で流れやすくなるのかもしれません」
「格子状と放射状はどうだ?」
「格子状は思ったほどよくありません。魔力の流れが交差して滞るみたいです」
リケが説明する。
「放射状は悪くないですが、今のところ葉脈型ほど効率的ではなさそうです」
「まだ確定的なことは言えないが、当面は葉脈型を中心に観察を続けるか」
俺はそう決めた。しかし、これで解決ではない。まだ課題は残っている。
「でも、刃の部分にはどう溝を入れるんだ?」
ヘレンが俺に疑問を投げかけた。強度を考えると、刃の部分に溝を彫り込むのはあまりよろしくなさそうだ。
「それが次の課題だな」
俺は柄から刃へと魔力が流れる構造を考えてみる。チートはあまりこういうのを教えてくれないからな……。
ふと思い付いたことを、俺は提案してみる。
「こうしてはどうだろう。柄になるところに葉脈型の溝を彫り、刃の根元まで続くようにする。刃自体には溝を付けないが、根元に魔力がスムーズに流れるようにすれば、少しずつ刃全体に広がっていくかもしれない」
試作品を手に取り、俺は刃の根元を指さした。
「ここに小さな集中点のような部分を作れば、魔力が流れやすくなるかもしれない」
リディが頷く。
「それなら切れ味に影響せず、効果も期待できますね」
「実験を続けてみよう」
俺は新たに設計図を描いてみる。家族たちも各々の視点からアイデアを出し合う。
「葉脈の分岐の角度を変えてみては?」
「鍔の部分をもう少し広くすれば、魔力を集める面積が増えるわ」
「刃の根元の集中点は、どのくらいの大きさがいいかしら」
皆から意見が飛び交う中、俺は静かに微笑んだ。完全な解決まではまだ遠い。短期間の観察では明確な結論を出すことはできないが、少なくとも方向性は見えてきた。
それから一日後、カミロへの納品日が近づいてきた。温泉での偶然の発見から始まったこの実験はまだ始まったばかりだが、俺はカミロに経過を報告する準備を進めていた。
「納品の時に、試作品も持っていくか」
俺は葉脈型の溝を持つナイフを手に取った。
この森での静かな研究が、やがて我が工房の製品をより良くするための一歩になるかもしれない。そう思うと、小さな希望が胸に灯った。