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〝世界の真ん中〟を行く

 俺たちは、〝世界の真ん中〟をゆっくり進んでいた。


 外からは到底想像できなかった内部の広さに驚きつつ、道は概ね平坦で、娘たちも楽しげに前と後ろを交代しながら歩いている。

 持ってきた筆記具で地図を作るが、今のところ曲がりくねりはあるにせよ、ジゼルさんやマリベルでも通れないような隙間を除けば一本道なので、助かると言えば助かる。


 薄暗くはあるが、特に危険を感じないので、思ったより明るいだとか、以外と広くて余裕があるだとか、そういう話をしながら進んで行く。

 無論、最低限の警戒と記録は続けているが、それでもピクニックに近いような空気が仄かに漂っている。

 そんな和気藹々とした雰囲気の中――


「ん、ちょっと待ってくれ。ここだけ妙に暗いな……」


 進んだ先の通路が、一段と陰影を深めた。壁の鉱石の光が途切れたのか、前方はほとんど何も見えない。

 松明はあるのだが、万が一を考えて温存しておきたい。であれば仕方ないか。

 俺は足を止めて振り返り、軽く手を上げてマリベルを招いた。


「マリベル、ちょっと照らしてもらえるか?」

「いいよー!」


 元気よく答えたマリベルが、自分の炎を少し強めると前方が照らされて、岩の壁や足元の小石、遠くに続く通路が明らかになった。

 やっぱり、こういうときに頼れるのはマリベルだな。でも、同時に心の奥で少しだけ申し訳なさがこみ上げてくる。

 炎の精霊であるマリベルの力をこんなことに使って良いのだろうか。

 そう思いはするが、マリベルはむしろ誇らしげな顔で辺りを照らしている。俺が変に気を回すことのほうが失礼なのかもしれない。


「すごいですね……こんなに暗いと、普通は進むのも怖いくらいなのに」


 リディがそう呟くと、ヘレンがふっと鼻を鳴らした。


「だな。でも、マリベルがいるからなんとかなってる」

「ありがとうっ!」


 マリベルが得意げに胸を張り、ルーシーが嬉しそうに尻尾を振る。クルルも小さく「クルルルル」と鳴いた。


 途中には湧き水があったので少しだけ口にしてみたり、リケが見つけた鉱石の模様を観察してみたりと、半分は探検気分だった。

 だが、しばらく進んだ頃、少し先を進んでいたヘレンが突然立ち止まった。


「……おかしいな」

「ん? どうした?」


 俺が後ろから声をかけると、ヘレンは洞窟の中を見回して眉をひそめた。


「普通さ、こういう場所って、もっと何かいるだろ。虫とか、小動物とか、コウモリとかさ。そういうの、全然いないじゃんか」


 言われてみれば、確かにそうだ。ここには俺たち以外の気配が全くない。ただの1匹もだ。まるで、この場所に〝生き物〟と呼べるものが一切存在していないかのようだ。


「アタイの見たところ、空気も淀んでないし、毒もなさそうなんだけどな……」

「それ、俺も気になってたんだよな」


 俺とヘレンが顔を見合わせると、ジゼルさんが静かに頷いた。


「確かに何もいませんね。元々、ここの魔力が濃すぎて、生物が生きられない可能性もありますけど」

「あるいは、何かが……排除している?」


 リディが沈んだ声で口を挟む。全員の視線が一斉に彼女へと向く。

 リディは軽く頷き、さらに続けた。


「つまり――ここには、すでに〝主〟がいるかも知れないということです。私たち以外の、何かが」


 その場の空気が少しだけ緊張を孕む。

 洞窟の静寂の中、ゆらりとマリベルの放つ炎が静かに揺れた。

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