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〝世界の真ん中〟で追う

 洞窟の奥から響いた、低く腹に響くような咆哮。それを合図にしたかのように、俺たちはその方向へと向かって足を速めた。


「音が響いてて正確には分からないけど……あっち、よね」


 ディアナが指差した先は、壁面の陰になった別の通路。俺とリディ、ジゼルさんが順に気配を探るように目を細める。


「間違いありません。ほんの僅かですが、風の流れが変わっています」


 リディが頷き、サーミャとヘレンが武器を確認する。ルーシーも牙を覗かせて小さくうなり声を漏らした。


「行こう」


 俺の一言で、皆は音のした方角へ向けて進み出す。


 途中、通路の側面に、明らかに不自然な窪みを見つけた。まるで何かが壁を押し流したように、曲線を描いて削れている。

 だが、鋭利な爪跡でもなければ、打撃の痕とも違う。岩そのものが、柔らかく溶かされたかのような、曖昧な形状。


「これ、何かが通った……んだよな?」


 ヘレンが眉を寄せて言い、俺は頷いた。


「どうやらな。だが、姿は……」


 どれだけ目を凝らしても、その“何か”の正体は見えなかった。魔力の残滓もかすかにあるが、濃すぎてむしろ混乱する。濃密な何かがここを通った。だが、それが何なのかは分からない。


「もしかして、生きものじゃないんですかね……?」


 リケが不安そうに呟く。だが、壁を調べていたリディは首を横に振った。


「いいえ。これは……生きものだとは思います。ここにある魔力が純粋な魔物のそれではないので」


 逆に言えば、感知できるだけの魔力が残っているということだ。澱んだ魔力から生まれる魔物ではなくとも、元々いた生きものが魔物化したものの可能性はある。

 それであれば、元の気質や能力が強化されているかも知れない。気を引き締めねば。


 それからも進行は慎重だった。マリベルが先を照らし、俺たちは道を記録しながら、地図を描く作業を続ける。


「この先、右に折れて……そこからまた下り坂か」


俺が描いている地図を覗き込んで、アンネが言った。


「これ、全部記録してるの?」

「ああ。帰り道を間違えるわけにはいかないからな」

「なるほど」


 少し進んでは紙にルートの概略と目印となる地形を記していく。

 サッと書き留める程度とはいえ、この作業には時間がかかる。進む距離のわりに足取りが重くなっていた。


 その一方で、俺たちは確かに“近づいている”という実感を得つつあった。

 眉根を寄せて、リディが言った。


「魔力の濃さが、また少し上がりましたね」

「私も感じます。……それに、この風」


 リディに返すジゼルさんの声は、どこか硬い。


「動いているんです。何か、大きなものがこの空間を移動している」

「……息をしてる、みたいなものですか?」


 俺の問いに、ジゼルさんは頷いた。


「かもしれません。いずれにせよ、あまり遠くはないと思います」


 そのとき、皆の足が自然と止まった。だが、皆の表情に焦りも恐れもない。ちゃんと警戒はしているが。


「で、どうする? これ以上進めば、戦闘になるかもしれないぜ?」


 ヘレンも剣の鞘に手をかけたまま、辺りを見回す。


「いつ襲われてもおかしくねえ。だけど、どれだけ追えば良いのかも分からねぇしな」

「そうだな……」


 俺は深く息をついてから言った。


「今のうちに、ここで軽く腹ごしらえしておこう。戦闘になれば体力がいるし、長期戦になるかもしれん。ここで少し離れて休もう」


 全員が無言で頷いた。今は、無理をするより備えるべきだ。

 それぞれが荷物から干し肉や果物を取り出し、岩の陰に腰を下ろしていく。マリベルが控えめに周囲を照らす中、俺たちは静かに束の間の休息をとることにした。

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