今回は特別編となります。内容は今現在の本編とは関係のない”IF”になりますので、ご注意ください。
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「おー! これが海ってやつかー!」
砂浜の先に広がる紺碧の大海原を前に、サーミャが子どものような声を上げた。
空は雲ひとつない快晴。照りつける太陽の下、波は穏やかに打ち寄せている。
「……話には聞いてたけど、こうして見るとやっぱり感動するわね」
ディアナが柔らかく微笑みながら、潮の香りに満ちた風を胸いっぱいに吸い込んでいる。
俺たちエイゾウ一家は、少しの間の移住先で、知人に勧められた海辺の小さな村を訪れていた。
場所的には王国の南の方にあたるのだが、南だからとんでもなく暑いかと言えばそうでもなく、夏ならこれくらいは暑いものだろう、という程度だ。
「海ってしょっぱいんだよね?」
「ルーシー、父上が水を飲むのはやめておけと」
ルーシーと呼ばれた黒髪の少女が小さな手で波打ち際の水をすくい、ペロリと舐めようとしたところで、リザードマンの少女が止めに入った。
「はーい。ハヤテおねえちゃん」
「あ、ルーシー、あっちいこ!!」
「うん、クルルお姉ちゃん!」
ルーシーからクルルと呼ばれた緑の髪の少女が、2人一緒に水際で裸足になり、キャッキャと追いかけっこを始める。
「クルル! あんまり沖には行くなよ!」
俺が注意の声を飛ばすと、クルルは「はーい!」と元気よく返事しつつ、波の合間を縫うように駆けていった。
その後を追うルーシーも、普段の落ち着いた様子が嘘のように笑顔を見せている。
様子を見てくれるのだろう、リディが
「あまりはしゃいで転ぶと危ないですよ」
と言いながら、ルーシーの後を更についていった。
「ハヤテは行かなくていいのか?」
「……私は大丈夫です」
俺が聞くと、ハヤテは木陰に引っ込んだ。水が得意なのかと思っていたが、もしかすると苦手なのかも知れない。口には出さないけど。
「アンネー! 見てー! 貝殻!」
アンネがしゃがんで砂を掘っていた赤髪の少女に呼ばれている。
「これは立派な戦利品だな! 勇者マリベルよ、これで悪い国を滅ぼせるかもしれんぞ!」
背丈の半分くらいある大きな貝殻を手にし、アンネに満面の笑みを向けていたマリベルが目を大きく見開いた。
「えー! ほんとに!?」
「ふふっ、冗談よ」
アンネは大げさに胸を張った後、優しくマリベルの頭を撫でた。海風に揺れる長い髪が陽光にきらめく。
サーミャはと見てみると、彼女は海鳥の群れを目で追っていた。今にも飛びかかって行きそうにも見える。
「なあ、サーミャ。今日は狩りじゃなくて遊びに来たんだぞ」
俺が苦笑しながら声をかけると、サーミャは口を尖らせた。
「……分かってるけど、あの鳥、羽根が良さそうだったから」
「たまには羽根のことは忘れてもいいだろ?」
「んー……じゃあ、貝拾ってくる」
そのままサーミャもマリベルたちの輪に加わった。海辺を舞台にした即席の〝お宝探しゲーム〟が始まり、波打ち際はにぎやかな笑い声で満ちていく。
日が中天にさしかかる頃、俺たちは浜辺に布を敷いて、持参した昼食を広げた。
いつもの無発酵パン、干し肉、野菜を酢漬けにしたもの、そして果実酒が並ぶ。
「この葉っぱ、いい感じですね」
「うん。香りが強すぎないのが、逆に合うんだ」
「夜は魚でも焼きますか?」
リケの提案に、皆が歓声を上げる。釣り竿は持ってきていたので、食後は小さな漁に出かける予定だ。
潮風に吹かれながら、俺は家族の笑い声を聞いていた。なにもない一日。波の音がまるで心の錆を洗い流してくれるようだった。
「……こういうのも、悪くないな」
「エイゾウ?」
俺の隣に座ったディアナが、不思議そうに見上げてくる。俺は肩をすくめて笑った。
「なんでもない。来てよかったと思ってさ」
ディアナは小さくうなずいた。
「そうね。そう思うわ」
そして、また波が打ち寄せる。今日という日が、ささやかでも確かな幸せとして、皆の心に残っていくのだった。