岩陰に腰を下ろし、それぞれが手早く食事を済ませながら、俺たちは静かに息を整えていた。普段の屋外での休憩と違って、天井のない空も、風の抜ける音もない。
岩のきしみまでも聞こえるような無音が俺たちを包み、マリベルが出してくれる柔らかな光だけが周囲を照らしていた。
いつもなら誰かが冗談のひとつでも飛ばすところだが、今のところは誰も口を開かない。
だからこそ、俺が先に口火を切ることにした。
「さて……この先、どう進めるかだな」
全員の視線がこちらに集まる。
「少なくとも、相手は姿を見せていない。だが、確かにこの空間のどこかにいる。ジゼルさん、どう思います?」
「そうですね……相手が純粋な魔物であれば、ここまでの沈黙は不自然です。もしかしたら、意識的に接触を避けているのかもしれません」
「知性がある可能性も?」
「ないとは言えません」
その言葉に、ディアナが少しだけ顔をしかめた。
「だったら余計に面倒ね。言葉が通じれば良いけど」
「逆に言えば、話し合う余地があるかもってことだろ」
サッサと食べ終えていたサーミャが矢を確認しながら言う。彼女の声は静かだったが、その表情にはわずかな緊張がにじんでいた。
俺は皆の意見を聞きながら、手元の簡易地図に視線を落とした。
「進んで来た距離を考えると、それなりのところまで来てそうな感じなんだよな。それと、相手が俺たちに気づいていないってことはないと思う。となると、向こうも何かを待ってるか、あるいは……」
「動けないか」
ヘレンが続けた。
「ああ。俺には、さっきの咆哮も“警告”のようには聞こえなかった。むしろ、抑えきれずに出た呻き声のような」
「痛み……?」
リディが小さく声を漏らした。
その言葉に、俺は彼女の顔を見る。リディの目は洞窟の奥の闇を見つめ、何かを感じ取ろうとしていた。
「魔力の流れが……おかしいです」
彼女がぽつりと呟いた。
「さっきまでよりずっと……荒れてます」
ジゼルさんが目を細めて宙を浮かび直した。
「確かにこれは、“うねり”です。濃い魔力が波のように脈打っている。中心は……この先ですね」
「やっぱりいるのか……」
俺は立ち上がり、腰の刀に手をかけた。
「このまま接触は避けられないな。全員、心構えはいいか?」
「おう」
ぶっきらぼうだが、心強くヘレンが言う。マリベルが放つ光が少し強くなる。ディアナは無言で頷き、サーミャは弓を構え、ルーシーが低くうなり声を上げた。クルルもその背中をまっすぐに伸ばす。
ジゼルさんが言った。
「気をつけてください。もし、あれが〝大地の竜〟の力に関わるものだとすれば、常識の通じない存在の可能性があります」
「……ジゼルさん、確認なんですけど」
俺はふと思い立ったことを口に出した。
「〝大地の竜〟が目覚めそうになってるってことは、何かが〝大地の竜〟の身体に干渉してる可能性はないですか?」
「可能性はあります」
ジゼルさんは小さく頷く。
「なるほど」
俺が思い至ったのは、俺たちが対峙しようとしている相手は寄生虫のようなものではないか、ということだ。
もしここが〝大地の竜〟の身体の近くなら、穿孔している違和感か痛みか、それを感じ取っているのかも知れない。
それに、
「もしもアイツが、ここで〝大地の竜〟由来の魔力を吸い上げていたとしたら、どうなります?」
俺の言葉に、ジゼルさんの目が丸く見開かれた。魔力の流れがおかしいのも、突然魔力が濃くなったのも、アイツが吸い上げていて流れがおかしくなり、それを補うために〝大地の竜〟から出る魔力が増えているのだとすれば、辻褄が合うように思うのだ。
俺は息を吐き、皆を見回した。
「よし、まずはアイツの正体を知る。できるなら、竜の目覚めを止めて、“それ”を排除する手段を探る。その上で――」
「戦う必要があるなら、アタシたちがやるってことだな」
サーミャが肩をすくめながら言う。誰も反対はしない。
「魔力が乱れているなら、接近してる間に私が流れを読みます」
リディが言い、ディアナがうなずいた。
「念のため、後ろは私たちが見てる」
「正面はアタイらに任せろ」
ヘレンが大きく手を叩いて気合いを入れた。
「よし、行こう」
俺の声とともに、準備を終えた俺たちは歩き出す。何かが皮膚を刺すような感覚。
その奥にあの咆哮の主がいる。
そう思い、俺はギュッと気を引き締めた。