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〝巣くうもの〟との戦い

 〝世界の真ん中〟の奥へ進むごとに、壁や天井の造形はますます不自然さを増していった。


 円弧を描いたトンネル。正確すぎる角度で交差する分岐。岩ではあり得ない、切り出したかのような滑らかな段差。もはや「自然の洞窟」とは呼べないだろう。


「誰かが……いや、何か、が作ったのか?」


 俺の疑問に、誰も答えなかった。そもそも答えられる者などいないからとうぜんではある。

 いや、唯一答えられそうな人に心当たりがあるが、その人は今音信不通だからな。


 そして、ある分岐を過ぎた瞬間、またしても、皮膚を刺すような感覚が強まった。今度は、それに加えて喉の奥がひりつくような、刺々しい空気の流れがあった。


「……来ます」


 リディが声を絞るように言った。

 それは、予感ではなく、確信に近い響きを持っていた。

 俺たちは即座に身構える。マリベルが自身の光を一段階強め、ヘレンとサーミャが一歩前へ出る。


 ずるり、と濡れた布を引きずるような音がした瞬間、岩の裂け目から再び〝そいつ〟が現れた。


「来たぞ!」


 ヘレンが叫び、サーミャが牽制のため、効果は薄いと分かっているが矢を放つ。矢はワームの体表に当たったが、またしても滑るように弾かれる。

 俺はやはり、何の効果も無く終わるのかと思った。だが、今回は違った。

 一瞬、ワームの表面が〝固まった〟のだ。まるで空気が凍ったかのように、その部位だけ質感が変わる。


「あそこだ!」


 俺が叫ぶよりも速いと思えるほど速く、宙を駆けるようにヘレンは飛びかかり、双剣をその部位へと叩きつけるように切り込んだ。

 野菜か果実か、そのようなものを切ったときのようなザクリという音が確かに響き、ワームがぶるりと体を震わせる。


「……通ったぞ!」


 ヘレンが叫んだ。

 俺もすかさず飛び込み、〝薄氷〟を両手で構えて、さっきヘレンが切った箇所の近くを狙い、目を凝らす。


「そこだ!」


 〝薄氷〟を振るうと刃が入り込む。確かに手応えがあった。ヘレンの様な技はなくとも、この「一瞬だけ硬化する箇所」を捉えれば、俺の腕でも通じる。


 文字通りの返す刀で二度目を見舞おうとした俺の目が、相手の変化を捉えた。俺は止めようとしたが、時すでに遅しだ。

 止めるよりも先に相手の身体に当たった切っ先は、その威力を吸収されてしまう。

 先ほどは確かに斬撃が通った箇所がもう柔らかくなっている。身体の表面に目を走らせると、別の場所が微かに鈍く光っている。


「攻撃を見て、反応してるのかもな!」


 俺と同じところを見つけたらしいサーミャが矢を放ちながら言った。

 サーミャの矢はその弱点部位をかすめ、直後にワームが鋭く咆哮のような唸りをあげる。


 全身をのたうたせ、岩壁に体を打ちつけながら、ワームは暴れ出す。

 巨大な体躯が洞窟を揺らし、石片が雨のように降ってくる。


「ヘレン、右!」

「おうよ!」


 ヘレンの双剣が再び現れた硬化部位を切り裂く。今度は野菜を切るような音ではなく、金属が石を砕くような音とともに、魔力らしき光が一瞬だけ見えた。


 だが、それも束の間、ワームはそのまま体を捩らせ、再び後方へと退いていく。


「逃げる気か!?」

「待ってください。あの進路……」


 ジゼルさんが険しい顔で言う。


「あれは、もっと奥に行く気ですよ」


 俺たちは互いに顔を見合わせた。あの奥に何があるのか。なぜそこまであいつは退却するのか。

 呼吸を整えながら、俺は家族とジゼルさんを見渡した。


「……次で、終わらせるぞ」


 誰も返事はしなかったが、全員の目が、それに答えていた。

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