俺たちはワームが消えていった方向、かつてないほど濃密な魔力の気配が漂う通路を、慎重に進んでいた。
何によるものか、音のない領域はすでに抜けていたが、静寂はなお残っている。空気の流れる音も、生き物の気配もない。
唯一存在するのは、俺たちの呼吸と、前方からうっすらと伝わってくる異様な気配。
そこからさらに数分ほど歩いたところで、通路が終わりを告げ、広大な空間が眼前に現れた。
一言で言えば、そこは「神殿」としか形容しようがない空間だった。
その空間の中央には祭壇のような石造りの台座。周囲には規則的に並ぶ柱群。天井は高く、自然の洞窟ではあり得ない造形が、円を描くように広がっている。
床や壁のあちこちには、見慣れない文様が刻まれていた。流れるような線と曲線が重なり、まるで何かの言語を表しているかのようだ。
「あれは……見たことがあります」
リディがその文様に目を凝らしながら、ぽつりと呟いた。
「あれはエルフ語です。かなり古いもので、確か600年前の大戦よりもっと前の時代のものかと」
「そんな前から……?」
誰かが呟く。
この世界では、600年ほど前に魔族とその他の種族の間で大きな戦争があったそうだ。結局痛み分けに終わったその戦いだが、世界には大きな変化をもたらしている。
一番大きなものは言語がある程度共通化されたこと。協力しあう必要性から、話し言葉も、書き言葉もなんとなく同じものを使うようになったのだという。
以降、基本的にはその「共通語」とでも言うべきものを全ての種族が使っていて、意思疎通に便利だからと魔族も使うようになり、種族独自の言語はかなり少なくなっているらしい。
例外がエルフと魔族で、長命である彼ら彼女らは、結構な数の者が大戦以前の言語を覚え、伝えているのだそうだ。
つまり、この場所は、俺たちが思っていた以上にとてつもなく古く、そして意味を持っている。
そして、その中心。祭壇の裏手にある巨大な穴から、ぬるり、とワームが現れた。
その身体は、まるで〝大地の竜〟の魔力を吸って膨張したかのように大きく見える。
半透明の体内でなんとなく、と言ったレベルで感じ取れていた魔力が、今は煌めきを伴った奔流のようにも見える。
「……でかくなってやがんな!」
ヘレンが叫ぶ。だが驚いている時間はない。ワームはすでにこちらを認識し、咆哮とも唸りともつかない音を発していた。
直後、ワームの尾が地を薙ぎ払うように振るわれた。祭壇が吹き飛び、粉塵が舞い上がる。
「避けろ!」
俺の声とともに、全員が一斉に散開。石柱が砕け、破片が飛び交う。
「マリベルは光を! リケはクルル達を連れて後ろへ!」
「わかった!」
「はいっ!」
マリベルが周囲を照らし、リケがクルルと共に後ろに下がる。ルーシーとハヤテもリケの周囲を守るように配置についた。
「ディアナ、アンネ、あっちに回ってくれ! サーミャ、向こうから援護!」
「任された!」
「おう!」
ヘレンはすでに抜刀済みで、俺の隣に並んだ。
「来るぞ!」
ワームがこちらに向かって突進する。床を這うその動きは、先ほどよりも明らかに速く、重い。衝突すれば、建物ごと吹き飛ばされるのは間違いなかった。
「ヘレン、向こう!」
「了解っ!」
俺とヘレンは左右に分かれ、さっき見つけた硬化している部位を狙って飛び込む。だが、
「こっちが遅い!?」
ワームの体表が予想よりも早く軟化し、刃を逸らす。まるでこちらの意図を読んでいるかのようだ。
「学習してんな……!」
ヘレンが舌打ちする。
それを聞いたわけではないだろうが、そのとき、ワームが一瞬、体をくねらせて立ち止まった。
その瞬間、体表のある一点が硬直した。
「そこだ!」
俺は声を上げ、再び〝薄氷〟を握り直して踏み込む。
しかし、突如、ワームの後ろのほうが地面を強打し、衝撃波のような風が俺たちを襲った。
「っぐぅ……!」
バランスを崩しかけたその瞬間、ワームは体をねじらせて襲いかかってくる。
俺はなんとか体勢を立て直し、大きく開いたワームの顎から逃れた。
「こいつは中々に手強いな」
「ああ」
俺とヘレンはワームに向かい、再び剣を構えるのだった。