ワームが奥の闇へと退いていく。だが、その動きは確実に鈍っていた。マリベルの光に照らされて見える体表の一部が微かに波打ち、断続的に魔力の漏出が起きている。
「身体は大丈夫だな?」
「全然平気よ。皆、動ける」
俺の問いに、ディアナが即答する。ルーシーとハヤテもこちらを見て、前足で地面をかきながら待機の姿勢を見せた。クルルは低く「クルルルル」と唸っていて、ジゼルさんも決意を秘めた目をしている。
「逃げて回復される方が厄介だ。ここで決めよう」
俺がそう言うと、全員が頷いた。俺たちは最奥へと踏み込んでいく。
広間の一番奥、ここが神殿であれば、あれが祭壇だったのだろうなと思しき場所。
その中央に、ワームは再び姿を現した。もはや逃げる気配はない。身体を地に伏せ、こちらに意識を集中させている。
待ち構えているのだ。
「リディ、魔力の流れは?」
「乱れてはいないですね。代わりに……どうやらかなり〝怒って〟るようです。気をつけてください」
「上等!」
ヘレンがほとんど雄叫びのような声を上げ、剣をの腹を打ち合わせて、音を鳴らす。キンと澄んだ音が1回響き、それを合図に全員がそれぞれの位置につき、俺は前へ出る。
「今度こそ終わらせる!」
それと同時に、サーミャが矢を三連続で放つ。その全てがワームの前方へと散らばり、目の役割を持つ透明な箇所を叩く。反応したワームが頭部をもたげた瞬間、ディアナとアンネが左右から跳び込んだ。
だが、今度のワームは対応が速い。半身を捩じって二人を吹き飛ばそうと尻尾を振り回す。
「ヘレン!」
「任せな!」
俺が叫ぶと同時に、ヘレンも脇から飛びかかり、ワームの尻尾に斬りつけた。反撃が止まり、アンネが隙を見逃さずに追撃の斬撃を叩き込む。
リケが後方から支援の指示を飛ばす。
「マリベル、あいつの背を照らして!」
「まっかせて!」
マリベルがワームの背中を照らすと、あの「硬直する一点」が浮かび上がる。
その瞬間、俺は全力で駆け出した。
体を翻して、右、左、そして一閃。
「――シッ!」
刃が走り、硬化した部分をわずかに裂く感触が返ってくる。同時に、ワームが苦悶するような動きを見せた。
そこをすかさず、ヘレンが横から斬り込む。
「魔力が弱まってます!」
「押し切れる!」
皆の声が上がる。
そのとき、ジゼルさんが小さく声を上げた。
「見てください、あそこ!」
ワームに注意を払いつつ、ジゼルさんが指差した先を見ると、祭壇の後ろ、朽ちた石壁に走る古い紋様が、魔力に反応してか淡く輝いていた。リディが目を見開く。
「……あれは、まさか」
ジゼルさんが宙を舞い、光の粒を指先に集めて刻印に触れる。途端に洞窟全体が振動し、ワームが呻くように体を仰け反らせた。
「今だ!」
俺たちは一斉に飛び込む。
アンネの剣、ディアナの斬撃、サーミャの矢、そしてヘレンの双剣。全てがあの一点に向かって集中した。
そして、俺の《薄氷》が、最後にその中心を貫く。
刹那、ワームの体が凍ったように硬直し、やがて崩れるようにゆっくりと地に沈んでいった。中から放たれていた魔力の波が止まり、空間に静寂が戻る。
「……終わった、か?」
俺の声が虚ろに響いた。
誰もがその場に立ち尽くし、深く息を吐いた。