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〝守るもの〟

 ワームの身体が、ずるり、と音もなく崩れ落ちた。


 そのあとは断末魔の叫びもなく、その巨体は濃密な魔力の霞を残し、まるで霧が晴れるようにして静かに溶けていく。

 物理的な死骸を残さず、気配と共に消える。この世界において、純粋な魔力から生まれた魔物の行く末だ。


「……終わったな」


 俺が呟くと、誰もが一斉に深く息を吐いた。見回せば、怪我をしている家族はいない。

 思ったよりはあっさりと片付けられたが、十分に気をつけていたからであって、気を抜いていたら皆無事とはいかなかったかも知れない。

 サーミャは張り詰めていた弦を緩め、矢を矢筒に戻しながら「やれやれ」と笑った。ヘレンは剣の刃を拭い(なにもついていないが、もう癖になっているのだろう)、俺と顔を見合わせて頷く。


「リケたちも平気か?」

「はい」


 俺の言葉に、リケは返事をし、ルーシーは尻尾を一振りさせて鼻を鳴らした。クルルも「クルルルル」と喉を震わせながら、小さく地面を掘るように足を動かしている。

 ハヤテは胸を張って一声鳴き、マリベルは光を放ちながらグッとサムズアップをした。


 だが、それだけで終わらないのが、この場所の怖さだった。


 グゴゴゴゴと、地の底から軋むような低音が響く。次の瞬間、足元がふわりと浮くような微細な揺れが走った。


「……揺れた?」


 ディアナが顔を上げる。


 リディが眉をひそめ、掌を地に当てるようにして沈黙したまま耳を澄ませていたが、やがて小さく呟いた。


「……竜の〝うごめき〟ですね。これは……ちょっと良くないです」

「寝返りか?」


 サーミャが冗談半分に言ったが、誰も笑わなかった。ジゼルさんも空中で姿勢を正し、広間の一角、先ほどワームがいた奥の壁へと向かう。

 ジゼルさんの後を追うと、そこにも岩肌に彫り込まれた複雑な文様があった。さっき彼女が操作(?)していたのとは別のものだが、似ているような気はする。

 ジゼルさんはその文様に指先を近づけ、ふっと目を細めた。


「これは……やはり封印の文様です。エルフさんのものかと思いますが」


 それを聞いたリディがぱちりと瞬きをし、すぐに歩み寄り、目を見開いた。


「これは……確かに、兄から聞いたことがある文様です」

「本来であれば、この文様が竜の魔力の流れを整え、眠らせ続けるはずだったのでは?」


 ジゼルさんの補足に、リディは深く頷いた。

 ぐらり、とまた揺れが来る。今度は少しだけ大きかった。


「この封印が、ワームに歪められていた可能性が高いです」

「ということは、これを直さないとまずいか」

「ええ。放っておけば、本当に竜が目を覚ますかもしれません」


 俺の問いかけに、リディが神妙な表情で答えた。


「けれど、それを修復するには……」


 リディはそこまで言って、ふっと視線を伏せる。ゆっくりと、俺のほうを見て――それから、皆の顔を順に見回して、静かに口を開いた。


「私たちエルフには役目があったそうなんです。けれど……」


 その言葉を遮るように、今までで一番大きな揺れが襲ってきた。

 俺たちは踏ん張り、転ばぬように互いに手を取ったり、壁を背にしたりして耐える。

 天井からわずかに砂粒が舞い落ちてきたが、崩落の兆候は今のところない。


 少し息をついたリディは、まなじりを決して、口を開いた。

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