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エルフの役目

「エルフの役目は――本来、〝大地の竜〟を起こさないことなんです」


 リディの声は決して大きくはなかったが、どこまでも澄んでいて、神殿の静寂に吸い込まれるように広がった。

 彼女の視線は、神殿のような空間の中心、淡い光を湛えた封印の文様へと向けられている。

 その横顔には静かな覚悟が宿り、誰も言葉をかけることができない。


「私たちエルフは……昔、〝大地の竜〟と契約を交わしたのだと聞いています。この世界がまだ安定していなかった頃、〝大地の竜〟は目覚めかけるたびに、その身体の揺らぎによって、世界を揺るがしていました。」


 ちょうど今起きた地震のように、とはリディは言わなかった。

 リディの言葉に、俺たちは自然と耳を傾ける。

 マリベルも光を抑え、静かに宙を漂っている。ルーシーは横に伏せ、クルルはじっとリディの横顔を見ていた。


「だから、エルフは〝大地の竜〟の眠りを維持する役目を与えられたのだと……」


 リディは一歩、文様に近づく。


「この話はエルフでも知っている者はそう多くありません。あまりに〝大地の竜〟が起きないので、長い長い営みの中で知る者が減っていったのです」


 リディが小さく息を吸って吐く。


「最後に〝儀式〟を行ったのは大戦よりもずっと以前のことだそうです」


 リディの言ったことは真実だろう。となれば、少なくとも600年。エルフの言う「ずっと」だと考えると、1500年や2000年ということも考えられる。

 そんな長期間何もなければ、知識が失われていくのも致し方ないのかも知れない。


 俺は場違いながら、前の世界で保守できる人間がいなくなった案件を思い出して、少しだけ胃の痛みを覚える。


 リディの言葉に、ジゼルさんが小さく頷いた。


「この文様も、恐らくはリディさんたちの役目の一端でしょう。神殿に似せてあるのも、〝大地の竜〟に敬意を示し、安らかに眠ってもらうためかと」


 今度はリディが頷く。そして、自分の胸元をそっと押さえた。


「私は……」


 その言葉に、俺は思わずリディのほうを向く。リディは俺の視線に気づき、ふっと笑った。


「私はこの家族の一員です。この世界を維持するためじゃなく、皆さんと、この場所で生きるために、私はこの役目を果たします」


 その言葉に、誰かが息を呑んだ。


「リディ。命を落とすようなことはないんだよな?」


 俺がそう声をかけると、リディは強く頷いた。


「はい。だってエイゾウさん、そういうの嫌でしょう?」


 そう言ってリディが微笑む。その瞳に強い決意を感じた俺の脳裏に、今リディが言ったことが本当なのかという疑念がよぎるが、俺はそれを振り払って言う。


「そうだな。よし、それじゃあ頼んだぞ」

「はい!」


 そうして、リディは封印の文様へと歩み寄っていく。

 刻印に近づいたリディは、トトンとつま先を地面に軽く叩きつけ、ダンスをはじめるときのようなポーズを取る。

 いよいよ、〝大地の竜〟の眠りを守るための儀式が始まるのだ、と家族、そしてジゼルさんの全員が思った――その直前であった。


「……っ!」


 リディが小さく呻いた。近くにある封印の文様が微かに明滅し始める。

 だが、リディは崩れない。俺たちは息を呑み、ただ、彼女を見守るしかなかった。

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