家に帰ると、黒い飼い犬のバロンが吠えてきた。ご機嫌ななめ?
「これ、バロン。今朝は大切な来客中なのよ。それもいっぱいいらしているの。うるさくしてはいけません」
お母様はバロンを嗜めつつ、私の帰りを喜んで小さな箱を渡してくる。
「ロザリー! おかえりなさい。夜間警備のお仕事は危険じゃなかった? 休まないで騎士のお仕事に行くの? 大丈夫?」
「ただいま戻りまして、これからまた行ってまいります、お母様」
お金を渡すとお母様は下がり眉をピクピクさせた。嬉しそうにも困っているようにも見える味わい深い顔だ。
ところでこの箱は?
開けてみると、昨夜の商人のおじさんが付けていた宝石まみれのネックレスが入っていた。手紙付きだ。
『私の新しい友人 ロザリー嬢へ
今朝は空も晴れ渡り、私の頭には花が咲いている。五分咲きだ。
これが満開に咲いたら指輪が出るよ。
※冗談だよ。
さて、私の可愛い花に水をやっていたところ、昨夜の手紙に指輪について書き忘れていたことを思い出したので、筆を取った。
あの指輪は売っていい。
ぜひお金に変えてくれたまえ。
それと、昨夜聞いた話は、大変興味深かった。
特に未来予知らしき異能については、個人的に調査をしようと思う。
君の新しい友人 アーヴェルトより』
あれっ……――昨夜、何をお話したっけ?
なんか、いろんなことを話した気がするけど、覚えてないや。
まるで異能について知ってるみたいな手紙。
でも、異能の話はできないはず……。試してみる?
「お母様。ちょっと重大な告白をしてもいいですか? 私……」
ぱくぱく。口は動くけど言葉が出ない。うん、いつも通りかな。
「どうしたのロザリー?」
「……ううん。お仕事に行ってまいります」
私はいつものように諦めて、騎士団に出勤するため王城へ向かった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『とある質屋のおじさんの証言』
これはこれは王城の騎士様方がお揃いで。
不適切な取引? 闇質屋? なんですかね、その微妙にアンダーグラウンド感のある呼び方。まあ、この店はなんでも買い取りますよ。
うちの店のバックについてる方は海外の資産家ですからねえ。
え?
窃盗した指輪を買い取っただろうって?
どれです? この指輪? これも?
このあたりに並べてるの全部?
いやいや、それはない。
このへんの指輪は信用できる売り手さんから買ったんですよ。
うちのご贔屓さんです。
……ロザリー・サマーワルス男爵令嬢だろうって?
まあ、その通りですが。
なんです? あの子が疑われてるんですかい?
カーッ、やだねえ、あのねえ、わかってないねえ。
ロザリー・サマーワルス男爵令嬢は悪い子じゃないですよ。すごくいい子なんです。
初めてこの質屋に物を売りに来たのは、俺がまだ親父の手伝いを渋々やってた頃。お嬢様は小さくて、真っ赤な髪が綺麗で。オンボロだけどドレス着てましてね、貴族のお嬢様だと思ったんです。
『質屋のお兄たん! こえ、売れる?』
『えっ、くまのぬいぐるみ?』
ってね。
会話を今も覚えているんです。
大切なくまのぬいぐるみを両手で抱えて、涙目で一生懸命渡してくるんですよ。
おじさん……当時はお兄たんですけどね、胸が痛みましたよ。
あの子はせっせと売り物を見繕っては売りにきますけどねえ、自分のもの以外は売らないんですよ。
家族があやしい壺買って「売っていいか」ってきいて、相手が嫌がったら売らないんですよ。そういう子なんですわ。
なので……ええ? 連行するって?
ロザリー・サマーワルスが指輪を売ったことを証言しろ?
やだなぁ、皆さん。俺の話、何も響いてなかったんですか。
ちっ……、話しても聞き耳持たない奴のために無駄な労力使っちまったな……。
これだからお役人は嫌いなんだ。
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