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23、私はエヴェルトン地方に興味がある

 出勤した私は、城門で衛兵長に呼び止められた。


「サマーワルス、待て。貴殿には事情聴取事案があるので第五待機室に向かうように。先に剣を預かる」

「はい?」


 案内役として門兵がひとり付いてくる。

 第五待機室に行ってみると、彼は外から鍵をかけた。


「あれっ?」


 なぜ?  頭は疑問でいっぱいだった。


「ロザリー・サマーワルス男爵令嬢には指輪窃盗の嫌疑がかかっています」


 詳しく説明されて、驚いた。

 なんと私は「金に困って同僚騎士の指輪を盗んだ」と告発されていて、証拠もあるらしい。


「あの、私、窃盗するか迷ったことはあるんですけど、未遂です」


 正直に言っても、誰も信じてくれなかった。

 私はせっかく入団したのに騎士団を一発でクビになり、窃盗犯として捕まるのだという。


「該当の指輪は質屋から回収済。質屋も証人として呼ばれています」


 なんだか大変なことになっている? 

 ちなみに、指輪ってどれだろう。何個も売ってるからなぁ。


「ちなみに、その指輪の持ち主って誰なんですか?」


 脳裏をよぎるのは白銀の髪の貴公子だ。

 まさか彼が上げて落とすタイプで、私はまんまと引っ掛けられたとか?


 情けない気分で問いかけたが、答えは違った。


「ベルディという若葉騎士です」


 別人だ。顔も知ってる。

 ――違う人でよかった。


「指輪は、その人のじゃないと思うんです」


 不思議な安堵を覚えながら、私はおずおずと自己弁護をした。

 黙っていたら犯罪者にされちゃう。というか、すでに聞き耳持たずって感じだ。


 どうしよう。

 私が罪人になったら家族が生きていけない。

 連座で罪に問われてしまうかもしれないし、そうでなくても収入がなくなって世間から白い目で見られて……家の取り潰しもあるかもしれない。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「ロザリー・サマーワルスが指輪を盗むのを目撃しました。間違いありません」


 証人が発言をして、罪を作り上げていく。


 主役のロザリー・サマーワルスが不在の状態で、裁判が進んで行く――そんな裁判場の傍聴席、出入り口に近い最後列の席に、美しい青年が座っていた。

 黒髪、碧眼の19歳の青年は世の中の理不尽と妹の性悪ぶりに吐き気を覚えていた。


 青年の名はシーディス・ジャントレット公子。ジャントレット公爵家の長男である。

 シーディスは嫡男だが、だ。

 別に無能でも恥じることはない。貴族の当主の大半は無能だ。

 建国当初は有能な当主が多かったと伝えられているが、今では能力を持っている方が珍しいのだ。


 無能なりに後を継ごうと勉学に励み、父公爵の政務を補佐しているのだが、どうも妹リセリアが不穏なのである。


「間違いなく、ロザリー・サマーワルス男爵令嬢は指輪を売りに来ました。常連ですよ。もらった指輪で、許可を得て売る、と言っていました。ここに来る前にも言いましたがね、あの子は他人のものを盗んで売ったりはしないんですよ……」


 顎に黒ひげをたくわえた中年の質屋は目の周りに目立つ青あざができていて、頭部に包帯を巻いていた。

 腕は三角巾で吊るしていて、骨折している様子。松葉杖を不器用に突き、証言のような擁護のような演説をする目には、強い反抗心があった。


「そうか。もう結構だ。要するに『ロザリー・サマーワルスが指輪を売ったのは事実である』という証言だな」


 ベルディという自称被害者の騎士は、質屋に「よく証言してくれた」とお礼を言って骨折していない側の手を握り、金貨を渡した。


「都合のいい部分だけ利用するな!」


 質屋は金貨を床に投げつけ、無作法を咎められて警備兵に引きずられるようにして会場から消える。


 気の強い平民だ。それとも、後先のことを考える脳がないのだろうか。

 愚かな。店も自分も潰されるだろうに――シーディアは質屋の運命を思い、小さくため息をついた。

 同情する気にはならなかった。しかし、気分がいいとも言えない。


 この場の関係者は、大半が最初から真相を察しているに違いない。

 ジャントレット公爵家令嬢リセリアが裏で彼女の望む通りに事態を進めようとしているのだ。


 ……腐っている。


 シーディスは腕を組むふりをして左手と右手を交差させ、左手の人差し指でベルディを、右手の小指で質屋が連れて行かれた出入り口の方を指さした。

 これは公爵家に代々伝わる祈りの仕草だ。

 女神ランダは左手で災いを撒き散らし、右手で癒しの力を使ったという。

 そのため生まれた祈りなのだが、左手は女神ランダに「あの男は制裁されるべきだと思う」、右手は「あの男は救われてもいいと思う」という意味だ。

 一瞬で戻したので、誰にも見咎められなかっただろう。


 ……妹リセリアならまだしも、無能な自分が祈ったところで、何の効果も期待できない。

 それなのに祈りを捧げてしまった自分が惨めに思えて、シーディスは軽く自己嫌悪した。


 そこで現実逃避するように両目を閉じると、背後から扉が軋む音が鼓膜に拾われる。


 途中入室? 誰だろう。

 視線を向けた瞬間に、入室した人物が声を響かせる。


「その指輪には私の名前が刻まれていないかな?」


 涼やかな声に会場の注目が集まる。

 うなじのあたりでゆるく結えた癖のないまっすぐな白銀の髪に、性別を越えて人を魅了する中性的な美貌。口元は微笑しているが、紫の眼差しは冷えている。


「――王太子殿下!」


 女神ランダの加護厚き王太子、アーヴェルトだ。

 学友でもある茶髪の護衛騎士を連れて指輪に近づいた王太子は、問題の指輪を取り上げて確認した。

 そして、イタズラが成功した少年めいた目を見せて、指輪のアーム部分を指先で撫でた。すると、つるりとしたアームに淡い緑色に発光する文字が浮かび上がる。


「実は、ここに権能仕掛けの隠し彫りがあったんだ。『アーヴェルト・ランダ・ウィンズストン……女神の権能を授かりその名を名乗ることを許されし正統なる王位継承者』」


 指輪のアーム部分に彫られた文字が読み上げられると、どよめきが起きる。

 それを無表情に見渡し、王太子は残念そうに言い放った。


「実は私は公爵家のパーティに招待された夜にこの指輪を紛失した。他の物なら気にしなかったのだけど、このように仕掛けもしていたので、そこにいる若葉騎士が所有していることがわかった。新人の騎士が私の指輪を盗んで何をしたいのかと思って泳がせていたのだが……」


 王太子は指輪を指先でつつき、権能を発動させた。 


「『私の敵を吊るすがよい』」

「――わあぁっ」


 しゅるり。

 指輪から伸びた淡い緑色の光の蔦が蛇のようにベルディを絡め取り、瞬く間に全身を螺旋状に縛り上げる。

 悲鳴を上げる彼の体は高々と宙に吊り上げられて、見上げる全員の顔を恐怖で彩らせた。首が絞められ、苦悶の声を漏らすベルディは数秒で全身の力が抜けた様子で静かになり、室内には緊迫感に満ちた静寂が訪れた。


 静寂を破るのは、王太子だ。


「若葉騎士のロザリー・サマーワルスは忠義もので、私の指輪を取り戻してくれた。彼女はお金に困っていたので、私はご褒美に指輪を売っていいと言ったのだが、まさか窃盗犯が面の皮厚く『盗まれた』と主張するとは思わなかったよ」


 王太子は蔦を消してベルディを落とした。

 どさりと音を立てて床に落ちた『窃盗犯』への関心を失ったように視線を外し、王太子はシーディスの近くまで歩み、座っているシーディスを見下ろした。


「シーディス公子。監視役のようにずっと最後列にいたけれど、妹さんによいご報告はできそうかな?」


 妹は陰謀で人を陥れる小悪魔だが、王太子はそれを泳がせ、妹が勝ち誇ろうとした瞬間に『私の手のひらで踊っていただけだ』と暴く悪神だ。


 対応を誤れば、公爵家の長い栄光の歴史は罪人の烙印を押され、終焉を迎える。


「王太子殿下……実は我がジャントレット公爵家も、パーティの主催として殿下が指輪を紛失なさったことは存じておりました。そこにいる騎士が指輪を盗んだこともです。我が妹リセリアはご存じの通り、殿下に懸想しておりますので、不埒者から指輪を取り戻して殿下に献上しようとしていたのですが、ロザリー・サマーワルスが指輪を奪い……二重盗難かと思い込んでおりましたが、ロザリー嬢は忠義ものだったのですね」


 苦しい弁明は、「自分たちは敵ではなく、ベルティひとりが咎人です」という主張だ。


「私はエヴェルトン地方に興味がある。それでは」


 王太子はにっこりと笑い、ひとことだけ言い捨てて会場から出て行った。


 エヴェルトン地方は、ジャントレット公爵家が代々治める広大な領地の一部だ。

 交易の要衝に位置し、豊かな黒土で小麦とワインが名産で、肥沃な平野と河川により地政学的に重要な土地である。


 王太子の言葉は、『エヴェルトン地方を差し出せば水に流してやる』という示唆に他ならない。

 シーディスは公爵家に帰還し、父公爵に相談することにした。


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