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第33話 雷霆を纏う鹿

 ゼトロスはどんどんと駆け抜けていく。

 50層をいつの間にか走り切り、気が付けば51層、52層へと進んでいた。


「この層を守る雷剛鹿アイクーニャの居場所はどこなんだろうな」


 アルウィンは、背後で手記と睨めっこをしているオトゥリアに声をかけていた。


「この方向で問題ないよ。52層は丘が3つあるんだけど、左の丘と真ん中の丘との中間にある谷地沿いに進むと雷剛鹿アイクーニャがいるらしいね」


「じゃあ、ゼトロス。頼んだぞ」


「ああ、任せろ」


 アルウィンの頬に当たる風の勢いが増した。

 ゼトロスがさらに加速したのだ。

 オトゥリアも、前髪を崩さないように左手で前髪を抑えている。


 もう片方、右手の所在はどこかと言うと───アルウィンの腰だった。

 彼女は手記を仕舞い、アルウィンを優しく包み、身体をこれでもかと密着させているのだ。

 下心は無い。

 ただただ、アルウィンと触れていたいだけだ。


 ───色々当たってるって……!!


 密着されているアルウィンは、オトゥリアの柔らかい感触を背中で感じながらも苦悶の表情。

 双丘の感触をどうにか紛らわせようと、移りゆく景色をただただ見る。


 すると。

 鬱蒼と茂っていた巨大樹は彼らの左右に別れ、彼らの足下はゴツゴツとした岩場に変化していた。

 そして、岩と岩の隙間を縫うように小川が流れ、彼らはその上流へと歩を進めている。

 ゼトロスは雷剛鹿アイクーニャの待つ谷地に足を踏み入れていたのだ。


「そろそろ、戦闘準備に入らないとね」


 オトゥリアはアルウィンから離れ───いつでも剣を抜けるようにした。


 その途端、彼は背中にかかる重さが消えたことで落ち着きを取り戻すと魔力感知を発動させた。


「未だに反応は無いな。ゼトロスはどうだ?」


「我もだ。どこから現れるのだろうな」


 アルウィンの魔力感知とゼトロスの野性的な察知能力でも見つからない。

 守護獣ガーディアンが両側の樹海か、はたまた河原のどこかに未だに身を隠しているのだ。


「今回戦う魔獣はね、手記には電光石火の攻撃を何度も避けていれば、次第に弱体化するって。

 だから、その内容に従って行こうかなと思う。

 あとは……私の経験からだけらあんまり参考にならないかもだけど、いい?

 霊角獣ウニコールを討伐した経験則から言わせてもらうと、雷剛鹿アイクーニャは雷を意図的に降らせるみたいな攻撃をする訳じゃないと思う」


「そうなのか?雷を使うって言ってたろ?」


「私が倒した霊角獣ウニコールは古龍級の生物って言われてて、自由自在に雷をコントロール出来るんだ。

 でも多分、雷剛鹿アイクーニャはそんな事が出来ないと思う。私の考えとしては、身体が蓄電器官になってて、溜めた雷の力を攻撃に変換して立ち回ってくるんじゃないかな」


「本当か?雷を自在に操るなどはして来ないのか?」


 ゼトロスが問う。


「しないだろうね。そんな事ができるのは魔法が使えるゼトロスみたいな特殊な魔獣か古龍級以上だけだし」


「確かに……ゼトロスは遷辿種だったな。

 そういや、この上だけ黒い雲が立ち込めてんな。

 この雲が雷を落とした途端にそのエネルギーを使って攻撃してくるつもりなのか。

 そうすると、手記にあった『電光石火』の通りだな」


「そうだよ。あと、多分この河原は地形的に雷が落ちやすいんだと思う。アルウィンさ……この谷地に着いた途端に髪がちょっと逆立ち始めたんだもん」


「まじ……?」


「うん。少しだけだけどね」


 オトゥリアはそう言い───アルウィンの僅かに逆立つ髪に触れる。


「中々にいい所をねぐらにしたもんだな」


「そうだな、ゼトロス。どんな攻撃手段か判らないけど魔力感知は怠らないでいこう」


 そうアルウィンが言った途端。

 青白い光の束に続いて、空を真二つに割いた轟音がアルウィンらの1000フィートほど先で爆ぜたのであった。


 ───そこにいるんだな、雷剛鹿アイクーニャ


 まだ木々に隠されて姿は見えないが、先程の落雷はあまりにも判り易すぎたのだ。

 そして、その落雷の地点から迸った強大な魔力反応も。


 握られたアルウィンの剣の柄が僅かに揺れた。


「間違いないよ。落ちた雷を雷剛鹿アイクーニャが蓄電器官に溜め込んだんだ。

 落雷のエネルギーを用いて攻撃してくるんだと思う」


「まだ姿は見えないが、準備は不足ないか?」


 そう言うゼトロスは爪に氷の魔力を集中させて、キラキラと輝く氷の粒を空気中に漂わせていた。発せられる冷気がアルウィンらの足を包み込んでいる。


「「大丈夫!」」


 アルウィンは剣を確りと構え、いつでも跳び出せるように身構える。


 ゼトロスが河原の砂利を蹴る。

 アルウィンは前方の魔力の流れを測ろうと目を瞑って意識を深い所まで落としていた。

 前方で感じるのは、濃い密度の魔力が高速で蠢いている感覚である。


 ───高速で蠢くのは……静電気か!?しかも、それは細かく動きながらもゆっくりと全体が下の方に動いている……?何だ、この変な魔力の流れは。よく解らないな。


 アルウィンが深くまで意識を沈めて何秒か経った。

 ちょうどそのとき。

 眩しい光と共に、前方の河原が爆ぜたのだ。


「アレはまずい!」


 迫り来る光の塊。

 電光石火、それは正しく言葉通りであった。

 雷霆を身に纏った姿は、ゼトロスよりも遥かに大きい。


「主ッ!アルウィン!!右に跳べッ!」


 ゼトロスの声は、アルウィンの脳内に直接流れ込んで来るかのようなピリついた感覚だった。

 彼らはすぐさま鞍を思い切り踏み切って宙を舞う。

 ゼトロスも、蹴られた衝撃を利用したのか斜めに身体を傾けて突進を躱していた。


 青白い閃光。

 舞い上がる土煙と、ドガガガガガッと響いた破裂音。

 それは、雷が瞬時に幾つも走ったかのような轟音に似ていた。


 アルウィン、オトゥリアとゼトロスは左右に展開して迎撃体勢を取っている。

 雷剛鹿アイクーニャの姿は、バチバチと火花を散らす巨大な双角を持った鹿だった。


 それを振り向きざまにアルウィンは何とか魔力で捉えていた。


 しかし、それは断片的なものであった。

 眼前を駆け抜けた雷剛鹿アイクーニャの速度は彼の感知可能な速さを遥かに超えていたものであったからだ。

 音速、いや、音よりも早く駆け抜けてきた姿は、まるで走っている馬を高速で瞬きを繰り返しながら見るようなコマ送りとなって魔力感知に引っ掛っていたのである。


 雷剛鹿アイクーニャは突撃を躱されて誰もいない場所で四肢に力を込め、急ブレーキをとっていた。

 土埃の隙間を縫うかのような青白い電撃が周囲に爆ぜる。

 アルウィンよりも雷剛鹿アイクーニャの位置に近かったゼトロスは数歩後退して飛散する雷矢の範囲から逃れていた。


 そして、今度は。

 後脚で地面を蹴りながら、バチバチと双角を鳴らしてゆっくりと頭を下ろす雷剛鹿アイクーニャ

 角を眼前のゼトロスの喉元に刺さるよう位置を見極めると、角を覆っていた電撃と似たようなものを四肢からも発していく。


 ───でかい。ゼトロスの2倍程度はあるぞ。


 まるで飛び出た鏑矢のように雷剛鹿アイクーニャはゼトロスに向かって地を蹴った。

 その瞬間に───アルウィンは魔力感知を深くした。

 電光石火の突進の前に行っていた頭を下げる動作が気になったのだ。


「ゼトロス!」


 オトゥリアが叫ぶや否や


 なんとも勇ましいグルォォォォォォォォォォン!!という咆哮が一つ。


 砂埃が巻き上がった巨大な気流に吸い込まれて収束していくのだった。

 その気流は氷塊をも含んで段々と白くなり、高く高く上がっていく。

 雷剛鹿アイクーニャの進路上にゼトロスが風の流れを作ったのだ。


 突撃の風圧を吸い込んで、気流はどんどんと成長していく。

 最早、それは竜巻のような大きさにまで成長していた。


 その竜巻に突進を阻まれた雷剛鹿アイクーニャの喉元に掴みかかる白い巨体。


 その爪は、がっしりと雷剛鹿アイクーニャの喉元を捉えていた。

 しかし、雷剛鹿アイクーニャの巨体故か。

 ゼトロスの爪は雷剛鹿アイクーニャの喉を致命傷を与えられるほどに深くは抉れず、傍から見るとただ押さえつけているだけだった。


 雷剛鹿アイクーニャは抵抗の限りをし尽くしている。何度も何度も頭突きを繰り出し続け、その帯電する角からはゼトロスの身体に強力な痛覚を伴う電気ショックを与えていた。

どうやら、ゼトロスの毛皮にある魔力を霧散させる効果は雷属性とは相性が悪いようである。


 蹄のある両足も、電撃を纏いながらゼトロスに強烈な蹴りを放っていた。電撃を浴びせられて苦しそうな表情を浮かべながらも、どうにか雷剛鹿アイクーニャを拘束し続けている。


「アルウィン。今だよね?」


「あぁ。ゼトロスのお陰だな……」


 アルウィンとオトゥリアは、地を強く蹴った。

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