目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第34話 山岳エリア

 雷剛鹿アイクーニャの背後から白銀に光る剣閃が二つ現れる。


 ゼトロスは、アルウィンとオトゥリアが攻撃を開始した途端にその場を離れていた。


 アルウィンは後脚の両腱をシュネル流の鋭い〝辻風〟で斬り裂く。一方でオトゥリアは強烈な破壊力を持つ〝桂花けいか〟で右前脚の腱と骨を断ち斬っていた。


 そしてそのまま。

「〝壷天こてん〟」と彼女は、魔力を込めた剣を下から斬り上げて左前脚を粉砕させる。


 途端、四肢を失って崩れ落ちた雷剛鹿アイクーニャの巨体。流れ出る血と爆ぜた電撃で、血飛沫が広範囲に雨のように降り落ちていた。


 キィィィィィィンと鋭く鳴く雷剛鹿アイクーニャ

 アルウィンらの連携に為す術もなく四肢を奪われ、悪足掻きでゼトロスに電撃を浴びせようにも。

 そこに白い巨体は居なかった。


 雷剛鹿アイクーニャからいつの間にか距離を取っていたゼトロスの足下に魔法陣が展開され、氷塊の弾丸が次々に生成されていたのだ。


「アルウィン、流石だね!これで雷剛鹿アイクーニャの機動力は防げたよ!やって!ゼトロス!」


「任せよ!主!」


 ゼトロスの周りに漂う氷塊は〝氷結散弾アイシクルショット〟のものだ。

 キラキラと輝くそれぞれの弾丸は槍のように鋭くなり、ゆっくりと回転を始めていく。


 段々と回転の速度が上がっていく氷塊の総数は20程。それが、ゼトロスの叫びと共に一直線で発射されて飛び出していた。


 高速で回転しながら射出されたそれは、狙いと寸分違わぬ軌道である。

 20の穴を穿たれた雷剛鹿アイクーニャは、自らの血の池の中で息を引き取っていた。


 本来ならば雷の力を使い切らせてから討伐することが定石だが、それよりも遥か時短で討伐してしまったアルウィンたち。


 この先続くのは激しい起伏のある土地と水場が織り成す渓流地帯、そしてその奥にある山岳地帯である。


 ───起伏ある地は冒険者の疲労を蓄積させるし……更なる魔獣が襲い来る難所だ。そこを早く突破出来れば、オトゥリアは王女の解放を早めることが出来るんだよな。


 次層へ進む彼らの背中には、追い風が吹いていた。







 ………………

 …………

 ……








 第53層に入った途端、肺に流れ込んでくる空気は少し冷たくなっていた。


 ここから60層までは山がちな渓流地帯が続き、60層には温泉が存在する。更にその先は霊峰と呼ばれる山岳地帯が彼らを待ち受けていた。


 見渡すと先程とは植生が異なっていて、木々は巨大樹の森林から広葉樹の雑木林に変化していた。地上は春先だが、このエリアは紅葉シーズンのようで、水面は赤や黄色のまだら模様が船のように流されている。


「さっきとは違って、綺麗で落ち着いた雰囲気だね!

 あっ、あそこ!魚が跳ねてる!」


 オトゥリアが指差す先には小さな影。

 コポコポと流れる川は澄んでいて、膝丈くらいの底がはっきりと見えているのだ。

 このエリアには幾つもの川が流れており、ここで獲れる魚は絶品との噂もある。


 アルウィンは景色を楽しみながらも、時折視界を横切る飛竜ワイバーンの影に警戒を行っていた。


 ───この先は鳥竜ラプトル飛竜ワイバーンが頻繁に現れる危険な場所だ。

 冒険者ギルドの定める規定では、上級ランク相当のエリアとなるだろうな。鳥竜は中級程度の魔獣だけど群れで現れたら厄介だし……飛竜も複数現れると面倒だ。


 しかし、アルウィンが思った以上にゼトロスはぐんぐんと進んでいく。

 途中で小型鳥竜の群れに幾度か遭遇したもののオトゥリアの威圧で事なきを得た。


 けれども。

 不運はアルウィンらに憑いていたらしい。


 それは、ゼトロスが谷を自慢の脚力で飛び越えた時だった。

 着地した途端に足元から感じた、グチャリと響いた嫌な音と魔力の霧散反応。


 なにか異変を感じ取ったアルウィンは魔力感知の深度を深くして周囲を探り始めていた。

 そしてすぐさま、怪しく動く魔力が二箇所から近付いて来たことに気付き───大きく息を吸い込む。


「まずいな、デカめの魔力反応が二つだ。それも高速で来てる。恐らく竜種だ」


 アルウィンがそう声を発した途端。


「いたよ!アレだ!」


 左側の空を指さすオトゥリアの声がアルウィンの鼓膜を震わせた。

 その姿は未だノミのように小さいが、魔力の気配だけで正体は判明していた。


 巨大な翼膜を羽ばたかせる大きな魔力はダイザールの街に向かう時に討伐した火竜ティラニリオンと同じ。それも恐らくはつがいだ。


 アルウィンは辺りを見回して、何故竜に襲われることになったのかを考えていた。


 ───異常にこの場所だけ木が無くて、高台になっている。あとは中央部だけこんもりと土が被されていたのかな。ゼトロスが着地した時に崩しちゃったけど、その時に確か何かが潰れたような音がしたんだっけ。


 何かを思ったアルウィンが足で中央の崩れた築山を崩すと、中から出てきたのは破損した卵だった。

 土は湿っており、血と尿、さらに良く解らない何かが混じったかのような饐えた嫌な臭いがする。


 そして、更に掘っていくと。

 臭いは更に酷くなり、まるで焼く前のハンバーグを壁に向かって全力投球した時の残骸のようなものが現れたのである。

 それを傍で見ていたオトゥリアの顔はだんだんと血の気が引いた色に変化していっていった。

 唇は葡萄のような色に変色してしまっていて、咄嗟に彼女の口に手を当てていたアルウィン。


「オトゥリア、良くないものを見たな。気分は大丈夫か?」


 心配で、そう声を掛けるものの。


「ううん。大丈夫」


 真っ直ぐに彼を見つめ───そして近付いてくる火竜にオトゥリアは目線を移していた。


 ───やっぱりツイてないな。この場は竜の巣だったし……卵をダメにしたからあそこまで怒っているんだろう。

 竜は子との魔力の繋がりが大きいから卵の中の子が死んだことを感じ取ったんだ。


 アルウィンはオトゥリアの指す空を仰ぎ見る。

 先程までは遥か先にいた二体の火竜は目と鼻の先にまで迫っていた。

 その降下速度は、ゼトロスに引けを取らない。

 眼は怒りに満ちた色となって燃え盛っている。


「私が前面に行く!」


 そう言って前に駆け出すオトゥリアの姿は妙に落ち着いていた。


 ───もしかしたら……あいつは何度も竜種と戦って慣れているのかもしれないな。


 急降下してくる火竜の風圧で、彼女の装束が激しく揺れている。

 彼の横でゼトロスは足下に魔法陣を展開している。


 急降下してきた個体は、地に足をつけると───一気に駆け抜けてきたのだった。


 鼓膜が破裂しそうな音だが、駆け出していたオトゥリアは止まらない。

 そのオトゥリアの突撃に応じるかのように、地に足を付けた個体は二足歩行で突進を開始していた。


 火竜の勢いは、駆け出すオトゥリアと大差がない。

 彼女の一撃には研鑽した上の剣の重さがあり、突進する火竜には巨体から繰り出す威力がある。


 ───この場合、両者は拮抗するんだろうな。それなら、勢いが止まった途端にオレが斬り込みに行けばいい。


 アルウィンは足に魔力を集中させて一直線に駆け出していた。

 彼の魔力量はオトゥリアよりも多い。そのため、縮地を連続で発動させるなど多少は無駄遣いをしても問題ないのだ。


「はあああああっ!!〝翠嶂すいしょう〟!!」


 前を往くオトゥリアが、魔力を帯びた剣を思い切り振り抜いていた。

 空気を伝うのは重い音。

 その剣の軌道は火竜の眉間に向かっていき。


 その途端。

 竜が仰け反った、カノヨウニミエタ。


 飛び散る砂埃が目に入り、オトゥリアの側方から攻撃しようとしたアルウィンは咄嗟に目を閉じる。


 途端、身体全体に伝わる衝撃の音。

 使えない眼の代わりに魔力感知で周囲を探ると。

 衝突の勢いにクレーターが出来た地面と、勢いを殺しきれずに倒れ込んで事切れた火竜の姿があったのである。


 ───ウソだろ……オレの出番、無い!?


 一撃必殺。

 竜を一振りで倒したその姿は、鈴蘭騎士の二つ名に相応しい実力を示していた。


「えへへっ。アルウィン、凄いでしょ!」


 振り向いであざとく笑う彼女。

 が。


「オトゥリア、右に跳べ!」


 魔力感知で何かを感じ取ったのか。急に叫んだアルウィンと、何とか反応して転がり込んだオトゥリアの姿。


 オトゥリアの背面に真赤な焔が走り抜ける。

 そして、その炎の中から飛び出してきた巨体はオトゥリアを引き裂こうと強烈な足蹴りを仕掛たのだった。


 空中にいた方の火竜が、怒り狂った眼でオトゥリアを執拗に追いかけていた。


 卵を潰され、愛する番まで殺された。

 その憎しみの炎の如き赫怒をオトゥリアの生命を絶って晴らそうと躍起になっているのだ。


 引き裂かんと伸びてきた足を、身体を右に捻って避けたオトゥリア。

 彼女は回避をしながらも確りと姿を捉えていた。


 ───身体の至る所に裂傷がある。ゼトロスの攻撃を数度は受けたみたいだね。

 手負いで、怒り狂ってるってことは……動きは早いけど単調になりやすい。


 彼女は身体に更なる魔力を纏わせていく。


 火竜は低空で攻撃した後に飛び上がって、空の上から再度奇襲するというヒットアンドアウェイ戦法を取っていた。


「火竜は我が初めて戦った竜種であったが、なかなか面白そうなものだな。二体とも戦う権利を主に取られてしまったのが勿体ないが」


 そう呟くゼトロスに、共感するアルウィン。

 ゼトロスならば氷弾を大量に作成して氷結連弾アイシクルマシンガンを放ち続ければ撃ち落とせたはずだ。

 けれども、ゼトロスは主たるオトゥリアを信頼しきっているのか、これ以上余計なことはしないように心掛けているように見える。


 アルウィンは戦う機会を完全に失ったことに若干の物足りなさを感じていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?