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第35話 剥ぎ取り

 ───あーあ、やっぱりオトゥリアがオレよりも先に攻撃出来てるし……オレの入り込む余地がない。


 アルウィンは戦う機会を完全に失ったことに若干の物足りなさを感じていた。


 ───だけど、オトゥリアの剣さばきは他流派の影響もあるんだろうけど、観ていて飽きないんだよな。


 オトゥリアの剣筋は、足腰はシュネル流をベースにして、それに人気流派のヴィーゼル流、防御重視のトル=トゥーガ流、そして彼女らエヴィゲゥルド騎士が考案した新流派を重ねたものである。


 彼女は豪快な剣を奮っているものの、技と技の繋ぎはシュネル流の理念である〝朧霞おぼろがすみ〟を踏襲した美しいものだった。


 ヒットアンドアウェイを繰り返す火竜に肉薄しながら、攻撃を躱しつつも時折深い傷を与えていくオトゥリア。

 受け流しと同時にカウンターを狙う彼女の立ち回りはシュネル流に由来するものだ。


 先程、番の片方を真正面から叩き斬ったオトゥリアであるが、空から強烈な足蹴りを繰り出し続けるこの個体に正面から攻めることは難しい。


 火竜は怒りに任せて攻撃してくるため隙が大きいはずなのに、ずっとオトゥリアが正面を取りにくいように足蹴りを繰り返しているのだ。

 正面から挑めば、どんな反撃をしてくるか解らない。


「中々嫌らしい攻撃をしてくるな。アルウィンならどう戦うつもりだ?」


 オトゥリアの戦いぶりを見ながらそう問うてきたゼトロスに、アルウィンは「うーん」と軽く考えた後に言葉を発する。


「オトゥリアと同じだな。基本的には避けながらだけど足の平か膝関節の内側を狙うと思う。

 膝関節の内側を深く斬れれば火竜はバランスを失うはずだから戦いを有利に持ってけるはず」


「チマチマと削るしか方法は無いのか?

 なんというか、主らしい一撃必殺とかは出来ないのか?」


「あるんじゃないかな。跳び上がって頭を狙うとかね。多分、オトゥリアもそれで終わらせようとするはずだ」


 彼らから見たオトゥリアの頭は僅かに揺れている。

 その動作は規則的で、まるでタイミングを測っているかのように見えた。


 けれども。

 火竜の口元には吐息に合わせて僅かに炎が見え隠れしている。

 もしもオトゥリアが空中へ跳んできたら、いつでも炎のブレスや火炎放射を放てるようにしているのだろう。

 迂闊に跳んでもそこは既に火竜の術中ということである。彼女もそれが解っているからこそ、折を見ているのだ。


「今は反撃に出られる頃合を見計らってるんだ」


 そう言ったアルウィンに、ゼトロスは「成程」と静かに呟く。

 そんな彼らちらりと見て、オトゥリアは叫んでいた。


「ほら!!しっかり見ててよ!」


 今までは互いにヒットアンドアウェイを繰り返していたオトゥリアと火竜。

 しかし、アルウィンの目に映る鈴蘭の可憐な少女は意外なことに突撃を辞め、後ろに引いてどっしりと構えていたのだ。

 足を前後に大きく開くような跳躍前の構えではない。


「ヴィーゼル流!〝紫宙しそら〟!」


 彼女は右横に水平に構えた剣を、ちょうど良いタイミングで薙ぎ払うかのように屈みながら振り抜いていた。

 そして、振りきったと同時に片膝が地面に着くほどの低姿勢で息を整える。すると縮地を発動させながら低い位置から高速の斬撃を何度も繰り出して、瞬く間に火竜の両脚に深い傷を5本も入れのだ。


 ───レオンさん……そっくりだ。


 その姿は、先日アルウィンが模擬戦で戦ったレオン・ルーベンスによく似ていた。

 彼よりは若干速さが劣るかもしれない。けれどもオトゥリアはヴィーゼル流剣士の中に混じっても遜色ない程度の実力はありそうだった。


 突如打って変わったオトゥリアに手傷を負わされた火竜は飛び上がって激昂の眼をオトゥリアに向ける。


 ギィヤァァァァァァッ!!


 甲高い怒号と同時に、溢れ出る膨大な魔力が火竜の腹部に集まっていた。

 その魔力は腹部から喉を通って徐々に口元へ上がっていき、そして───


「オトゥリア!!!

 気を付けろ!」


 そうアルウィンが言いきらぬうちに。

 オトゥリアは滾る紅蓮に包まれた。


 ───火炎放射だ……!!オトゥリアが……!!


 アルウィンは、声が出せなかった。

 隣でゼトロスも魔力を滾らせ、氷塊を火竜へ放とうとしている。


 オトゥリアを包み込む高密度の炎。

 常人であればこの中に居るだけで黒焦げになってしまうほどの温度だ。


 火竜が溜めた魔力が可燃性のガスに変換され、それが空気中の酸素と結びついた途端に激しく燃える。

 その可燃性ガスを噴射することで火炎放射や炎のブレスとして攻撃をする事が出来るのだ。


 けれども。

 魔力感知を発動させた彼はハッと目を見開き、ゼトロスに言い放つ。


「ゼトロス!オトゥリアは大丈夫だ!」


 非凡なオトゥリアの強い魔力は豪炎の中でも確りとアルウィンに届いていた。

 剣に魔力を纏わせて炎から身を防いでいたのだ。

 トル=トゥーガ流にある魔力攻撃を防ぐ技、〝不動である。


 火竜は炎を出し切って疲れたのか、火炎の出力は段々と弱まって次第にふっと消えた。

 その瞬間に。

 煙の中からは汚れひとつないオトゥリアの白い装束が顕になる。


 そして。

 次にアルウィンが感じ取っていたのは、オトゥリアから発せられる巨大な魔力のうねりだった。


 彼女の魔力が剣に乗って炸裂する。


「奥義〝割天かってん〟!!」


 オトゥリアは肩の後ろで絞った剣にありったけの魔力を込めて思い切り振り下ろしていた。

 辺りの煙を吹き飛ばす激しい衝撃波が一直線に飛んでいく。


 響き渡る轟音。


 煙を吸い込んで衝撃波に黒い色がついて見易くなっていたけれども、炎を吹き尽くして疲労状態の火竜に避けられる余裕などなかった。


 オトゥリアの〝割天〟は未だ状況を掴めない火竜の腹部を真二つに割くと、背中側まで続く巨大な傷を作る。


 20フィートほど上から落下した火竜の骸を横目にオトゥリアはふぅと一息。


 そして、今のはどうだった?と挑戦的な目をアルウィンに向けている。


 ───どうやらあいつは、未だオレに対して対抗的な所を持ってくれていたらしい。


 アルウィンも「凄いな。だけどオレも負けてられない」と頬をポリポリと掻きながら本心を吐露する。


「うん。期待してるよ!」


 屈託のない笑顔でそう言って、火竜の屍体に近付いたオトゥリア。


「おい、剥ぎ取りはしないって話じゃないのか?」


「ちょっと、これだけは許して!」


 オトゥリアの目的のためにはこの迷宮を高速で攻略しなければならない。

 剥ぎ取りの時間はロスタイムになる。

 そのために戦った魔獣を、放置しながら進んで来ていたのだ。


 けれども、今回オトゥリアは火竜の翼膜を懐から取り出したナイフで丁寧に骨から剥がしているのである。その手捌きは迷いがなく、素早いものであった。


「おい、オトゥリア。

 剥ぎ取りはスルーするって話じゃなかったのか?」


「そうなんだけど、これは別!

 火竜の翼膜を魔力が溶けた水に混ぜると、より魔力が濃くなるんだよ!

 吸収の効率も上がるからちょっと回収しようかなって思ったんだ!」


 オトゥリアは最後に倒した個体の片翼、それも1割程度だけを剥がしてアルウィンとゼトロスの元へと戻ってきた。

 彼女の手にあったのは、灰色だが魚の鱗のように若干の光沢がある翼膜だ。

 生え際、それも際の際の若い細胞のみが持つ色である。


「これを……何に使うんだ?オトゥリア」


 彼女はアルウィンを見、そして、悪戯っ子のような表情で最高級のスマイルを放ってくれていた。


「それはね、回復薬ポーション上位回復薬ハイポーションに昇華させるためのものだよ!」


 上位回復薬ハイポーションは、通常の回復薬ポーションよりも効果が高い薬品である。

 治癒力を底上げすることが出来るのが回復薬ポーションだが、上位となると即時回復が可能となって致命傷でも即座に傷が塞がるのだ。


「今後何が起こるか解らないからね……回復薬ポーションだけじゃ心許ないと思って」


 オトゥリアのその言葉に何やら決意したのか、アルウィンは言葉を紡いでいく。


「確かに……この先に何があるかは龍神様のみぞ知ることだけど、オレは必ずお前のために戦うから。それに……」


 が、突然。

 床をちらりと見て言い淀んだ。


「嬉しいよ、アルウィン。それで……続きは!?」


 彼の言葉にときめき、そして続きが気になっていたオトゥリアは興味津々だった。

 上目遣いの瞳を潤わせて……真っ直ぐに彼を見つめているのだ。


 その姿を当然無視出来ず、彼は顔を真っ赤にしながら……


「お前の戦いぶりを分析して、次こそは勝つから!」


 そう、アルウィンはやや上擦った声で叫んでいた。

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