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第36話 爆地竜

 七時間ほどが過ぎた。


 陽が間もなく沈む頃。

 山の稜線にあと少しで到達しそうな蜜柑色の光に照らされたアルウィンらの影は長くなっている。


 彼らはゼトロスの身体能力で崖を駆けながら、渓流地帯や、更にその先の霊峰エリアを一気に突き進んで69層にまで到達していた。

 本来は熟練した冒険者であっても三日はかかるような険しい道程であるが、山の主たる白仙狼フェンリルにかかれば大したことは無い。

 次エリアである水没林地帯への扉を護る守護者ガーディアンの目の前で束の間の休息を終えたところだった。


「次はどんなヤツと戦うんだっけ?」


「大型飛竜だね。それも、地竜系列の爆地竜グルトブルムだって聞いてるよ」


「オトゥリアは戦ったことあるか?」


「あるよ!だから、私が指示を飛ばすよ。今まで通りで大丈夫」


「助かった。気をつけるべきことは?」


「まずはそうだね……地面に潜って攻撃してくるから不意打ちされることがあるんだけど、アルウィン達なら感知して回避はできると思うし大丈夫かな。

 あっ、爆破攻撃をしてくるから攻撃の範囲だけは気を付けるべきだね」


「なるほど。気を付ける」


 アルウィンのゆるい返事と、眠そうに欠伸をするゼトロスの姿にオトゥリアは頬を少し弛めて微笑んだ。


「じゃあ、明るいうちに70層に行こう!暗くなったら面倒だしね」


「了解」


 オトゥリアの声にアルウィンはゆっくりと起き上がって尻の砂をぱんぱんと叩いて落とす。


 毎度のように守護者ガーディアンの待つ地下の部屋へ入ると、扉が閉じられていく。オトゥリアは剣を構えながらアルウィンに目線を送った。


「アルウィン、ゼトロス!この部屋だけ床がなくて地面剥き出しだね。爆地竜に潜って逃げられたら時間が余計にかかっちゃうから頑張ろうね!」


「手筈通りにやるだけだぞ、主」


「それでいいよ!今回は私に身を預けてね!」


 オトゥリアがそう言った直後、アルウィンは魔力反応に気が付き───剣にそっと触れる。


 地面が激しく揺れだし、部屋の中心に調理場から落としたゆで卵のようなヒビが出現した。

 そして、その割れ目がブォォォンと低い音と共に黒煙を伴いながら爆ぜたのである。

 その中から現れたのは、死神の鎌のような外側に突き出た指を持つ赤茶色の前脚だった。


 飛竜種は骨格からして、どの種も翼の役割を持つ前脚に指が5本ある。

 腕部から伸びた先に手の部分があり、そこから人間で言えば小指にあたる最も外側の指が斜め後ろへ大きく伸びて翼の形状を作り出しているのだ。


 そして翼のフレーム部分だった小指が年月経て小さくなり、地面を掘りやすい形状に進化したというのが飛竜種の中でも地竜と呼ばれるグループである。

 その中でも爆地竜グルトブルムの小指部分は9フィートの巨大な鎌となり、鋭利に斬り裂ける形状となっていた。


 更には、その鎌からは空気に触れると爆発する粘性の液体を分泌しているというから危険性は高い。

 鎌で斬りつけながらその液体を敵に付着させ、斬られた傷口を爆破させるという手段で致命傷を与えるのだ。

 地面を掘るときもその爆発性の液体を用いて硬い岩盤ですら打ち砕くため、山間部で暴れられたら水脈が変化してしまうなどの被害はザラにあるらしい。


 鎌から現れた巨体は残り4本の爪を用い、グイッと勢いよく身体を引き上げる。

 四つ足で身体を支える爆地竜は全体的に赤茶色の体躯で、背部にある巨大なヒレ状の外骨格の濃い焦げ色が際立っていた。

 そのヒレ状の外骨格がセンサーとなって地中の様子を把握出来るらしく、外骨格を積極的に狙えば地中に逃げることを防げるのだ。


 そのいかめしい巨体が今、吼えた。

 それは、完全な不意打ちという形だった。

 息を吸い込むという予備動作なく轟いたその声は鼓膜を破るかのような程でらアルウィンとオトゥリアは両手で耳を覆った。


 覆ってしまったこと。

 それは、隙を晒してしまったことと同じである。

 オトゥリアは、気の緩みや疲れなどがあったのだろう。

 アルウィンに関しては、オトゥリアを信頼し過ぎた結果であろうか。


 耳を守っても、アルウィンの頭を割るような痛みは治まらない。同様に、オトゥリアも顔を歪めている。


 おまけに、その声は衝撃波を伴っていた。

 両耳を押さえていた彼女の髪やスカートは激しく揺れている。


 ───至近距離で喰らったオトゥリアはオレ以上にまずいだろうし、ゼトロスは……


 そうアルウィンが心配するのは杞憂だった。

 温かみのある魔力が後ろから発せられ、彼らの足元を駆け抜けると、周囲を覆うような渦となって風壁を作り出していたのである。


 段々と、彼を襲っていた頭痛は弱まっていく。


 ゼトロスが即座に展開した風魔法が、咆哮を緩和してくれているのだ。


 ───ゼトロス、ファインプレーすぎるな。


 風壁の向こうでは未だに爆地竜は咆哮を続けているようだが、彼らを苦しめた痛みはもうない。


 ───何秒経っただろうか。


 アルウィンにとって、その時間は何十秒にも、はたまた数秒にも感じられていた時間。

 しかし、その間にオトゥリアは剣に魔力を流し込んで構えていた。


 爆地竜の大きく開いた口が緩み、咆哮が止まる。


 その瞬間に。


「アルウィン!ゼトロス!私が斬り込む!」


 オトゥリアは縮地を発動させ、一直線に駆け出していたのである。


 爆地竜に肉薄した途端、大きく地を蹴った彼女の狙いは首であった。

 そんな彼女を追うように。

 ゼトロスが即座に作り出した、〝氷結散弾アイシクルショット〟が5つ、彼女の背後から爆地竜に迫っていた。


「はあああっ!!〝翠嶂すいしょう〟ッ!!!」


 振り下ろされるオトゥリアの剣は、魔力を全開放して厚い鉄をも簡単にぶった斬る技である。

 けれども、爆地竜の動きも中々であった。

 首を斬ろうとするオトゥリアの動きを察知し、左前脚の鎌でオトゥリアの剣閃を防いでのけたのだ。


 そんなオトゥリアの背後から、5つの光が煌めいた。

 そして、グサグサグサッと響いた快音。

 ゼトロスの放った5発の氷結弾。うち3発が爆地竜の腹部に穴を開けていたのだった。


 けれども───オトゥリアの剣を上手く防いだ巨体は身体に穴が開こうとも抵抗を続ける。

 彼女の視界に映ったのは、熱を持つ鎌と爆炎であった。


「ッ!!!」


 小さな爆発だが、それはオトゥリアの顔から僅か数インチの箇所で爆ぜていたのだった。


「オトゥリア……ッ!!!!」


 アルウィンが爆発とオトゥリアの間に剣を入れようと飛び込んでくる。


 ───無事で……いてくれッ!!


 しかし、流石の反射神経と言うべきか。すぐさま頭を下げて爆発から身を守ったオトゥリアは、目の前にあった後脚に狙いを定めていたのだ。


 アルウィンは彼女が避けたのを確認すると、バックステップで距離を取る。


「〝壷天こてん〟ッ!!」


 低位置から左へ振り上げられたオトゥリアの剣。

 それは見事爆地竜の肉を断ち、鮮血が辺りに飛び散った。

 斬られた怒りに爆地竜は彼女をロックオンすると、鎌で裂こうと右前脚を振り上げる。


 オトゥリア目掛けて迫る刃。

 けれども彼女は構えることもせず、爆地竜の後方をただ見つめていた。

 そして、静かに呟いたのである。


「今だよ、アルウィン」


 途端、爆地竜の尾から縮地を発動させながら背を駆け上がったアルウィン。

 彼は背中にある外骨格を跳び越え、首の付け根に狙いを定めていた。

 オトゥリアに引き付けられたその隙を、逃さなかったのだ。


「シュネル流奥義!!〝澹霞静疾せんえんせいしつ〟ッ!!」


 静かに息を吐きながら、竜の背の上という不安定な足場であるがアルウィンはくるくると独特なステップを踏み首筋へと迫っていた。

 回転に身を任せ、一切手に力を込めることなくステップを利用した遠心力のみで剣を振り回している。


 その姿が首元に到達した途端。

 白鉄の剣が銀に光る。

 そして、剣はプスリと小さな音を立てた。

 その剣が入ったのは、竜の首を守る堅い外骨格。普段の剣であれば、深くは入れてくれないだろうと思えるほどに堅牢なその部位である。


 けれども彼は、まるで羊皮紙でも斬るように簡単に刃を通したのだ。


「綺麗だな……アルウィン、流石だね」


 オトゥリアの洩らした感嘆の声。

 シュネル流の奥義のひとつ、〝澹霞静疾せんえんせいしつ〟は独特のステップによって遠心力をつけた剣で斬る技である。一切腕に力を込めずに、遠心力に身を任せることでどんなに堅牢でも硬さを無視して斬ることが出来るのだ。


 それを可能にするためにはステップをとる足の動きが最重要となる。彼は奥義を伝授されてから身に付けるまで相当な時間をかけていた。


 ───これが、アルウィンの努力……なんだ。嬉しいな。私に追いつくために頑張ってくれてて。だけど……


 アルウィンのその姿を、オトゥリアは確りと目に焼き付けることが出来ていた。


 ───アルウィンのこの技を、私も出来るようにならないと。


 シュネル流を去ったオトゥリアだが、もう学べなくなった奥義は見様見真似で学ぶしかない。


 爆地竜の木の幹のように太い首が、鮮血の池をつくりながら落下していった。


 オトゥリアがシュネル流の真髄に触れるのは、数年後のことである。

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