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第39話 ゼトロスとルチナ

 70層から72層までは、ゼトロスの快走に終わってしまった。

 途中で十数回ほど泥水の中から現れた魔獣がいたが、もともとゼトロスの冷気に当てられて弱っていた上に、


「〝氷結弾アイシクルバレット〟!!」


 立ち所にアルウィンの放った氷魔法の〝氷結弾アイシクルバレット〟を浴びて、悉く撃ち落とされていたのである。


 アルウィンも普段あまり使わない魔法を使える良い機会にあって、展開する〝氷結弾アイシクルバレット〟の量を増やして〝氷結散弾アイシクルショット〟のように複数操作する練習も行っていた。


 その結果、ゼトロス程とは言わずとも、3つまでの〝氷結弾アイシクルバレット〟を操作することまでは可能となっていた。


 73層への扉を護っていたのは泥蛇竜オルヴィンドラと呼ばれる魔獣だった。

 巨大な泥沼の中を縦横無尽に這い回り、粘り気のある泥で拘束しながら激しい体当たりをしてくるらしいのだが───


「我に任せよ!」


 ゼトロスから迸る魔力。

 それは莫大で、すぐさま周囲に猛吹雪が吹き荒れるのだった。

 氷属性の特級魔法、〝氷獄世界ヘルブリザードによって、狩場ごと泥蛇竜は凍てついていた。

 その場は魔獣の狩場から、アルウィンらの狩場へと変貌してしまったのである。


「はあああっ!!〝三段峡さんだんきょう〟ッ!!」


 オトゥリアの美しく烈しい剣閃に、体表の泥を全て凍らされた泥蛇竜が敵うはずもない。

 ばっさりと切り倒された大木のように、太い身体が地に伏して動かなくなった。


「ふうっ……なかなかに斬り応えがある魔獣だったよ!」


「豪快すぎるんだよ、オトゥリア」


「そうだな、我が主は乙女でありながら豪快な剣だ」


 オトゥリアの剣筋に盛り上がっているが、ゼトロスとの別れの時は刻一刻と近付いている。

 それが証拠に、遠くから駆けてくる存在がいるのだから。


「オトゥリア様ぁ!」


 こちらに手を振りながら駆けてくるその声は聞き覚えがあった。

 笑顔と共にあるのは特徴的な八重歯だ。結んでいた髪を下ろした赤いボブカットの女性は、ルチナ・バルバロッサ。

 オトゥリアから剣を教わった女性騎士である。


 しかし、その姿は最後に見た騎士団の全身に纏う甲冑ではなく、甲冑を可愛らしく着崩した、いかにも年頃の女の子のような格好である。オトゥリアの装束を意識しているのかもしれない。


「先程の戦闘を陰ながら拝見してました!

 魔獣のゼトロスさんの魔法もさることながら、オトゥリア様の剣はやはり神々しかったです!!」


 と、目をキラキラさせて語るルチナ。


 ───相変わらず犬みたいだ。


 アルウィンはそう思ったものの、ゼトロスと離れなければならないという問題に解決策を与えてくれたのがこのルチナである。


 ルチナは40層でオトゥリアからゼトロスのことを相談されていたらしい。

 そして、我こそはと任を買ってくれたのだ。


 彼女もバルバロッサ家という名家出身ということで南光十字教に籍を置く人物であるが、竜神信仰のオトゥリアの影響を受けたためにあまり敬虔ではない。

 かつてゴブリン族と共に暮らしていたズィーア村での話を聞いて、異種族や魔獣にも寛容なのだという。


「私は今日は休日を頂いています!なので存分にお使いください!つつがなく準備しました!」


 と、胸を張って言ってくれる。


「ルチナさん、それって具体的にはどういう計画なの?」


 そうアルウィンが問うと、


「そうですね、折をみて元々の20層に戻すというものです!」


 と教えてくれた。


「基本的に魔獣は転移盤ワープポイントを使いませんが、例外的に使役テイムされた魔獣は術者の命令次第で使いますからね。ですので、秘密裏に転移盤ワープポイントを用いて20層まで私が連れて行きます!」


「秘密裏に?冒険者とかにバレそうな計画だけど?」


 アルウィンは疑問点を口にするのだが───


「各層には冒険者用の物の他に王国騎士団用の転移盤ワープポイントが幾つか置かれているのでそちらを利用すれば大丈夫なんですよ!」


「なるほど、それで我を20層へ戻すというのか。それでも良いのだが……

 今まで我は幾人もの無謀な冒険者を葬ってきた。王国騎士団員も数名殺している」


 不意に、ゼトロスがルチナに語りかける。


「それは……そうなのだろうと思っていました」


「今までは人間を殺してきたが……主たちとの関係で人というものの温かさを知ったのも事実だ」


 ゼトロスはアルウィンとオトゥリアをちらりと見て、それからルチナに顔を向ける。


「我を20層に戻すのは承知した。今までのように我に挑んでくる阿呆は……殺さないでおいた方がいいのだろうか?」


「そうして頂ければ幸いです」


「承知した」


 ゼトロスが、右前脚をそっとルチナの方へ向ける。

 差し出されたぷにぷにの肉球に、恐れながらも人差し指で触れたルチナは「ひゃあっ!」と触れた途端に電流が走ったかのような声を上げていた。


 ゼトロスの肉球はひんやりとしていて、弾力も癖になる。ルチナは頬を真っ赤に染めながら、その感触を堪能していた。もう虜になってしまったのだろう。


 ───しかし、ここまでゼトロスが一瞬で相手を許すのか?オトゥリアもオレも、ゼトロスに認められるために戦ったわけだし───ほかの騎士団員にも、ゼトロスはここまで近付かなかったぞ。


 アルウィンがそう思っていると、隣でオトゥリアは口を開くのだった。


「ルチナ、ここまでゼトロスがしてくれてるって事は、ルチナのことを認めてくれたって事だよ。良かったね!」


「ええっ、そうなんですか!」


 手で口元を抑えながら、興奮が故に赤面したルチナが素っ頓狂な声を上げる。


「ああ、ルチナ。貴様には恐らく使役者テイマーの適性がある。現に我も、貴様といれば主らと同様に心地いいのだ」


 ゼトロスも、そう答えていた。


「だとしても、ゼトロスは私とアルウィン専用だからね!渡すつもりはないよ!!」


「大丈夫だ、主よ。我だって心得ている。ルチナという女といると心地よいが、ただの戯れだ」


 そう言うなりゼトロスは身を低くして、ルチナに乗ってみないかと誘っていた。

 ルチナが鞍の上にスカートを抑えながら乗り込むと───瞬く間に駆け出していく。







 ………………

 …………

 ……






 ゼトロスの乗り心地を一頻り楽しんだ彼女は、最後にアルウィンとオトゥリアに挨拶をしてくれた。


「それでは、私はゼトロスさんをお送りします。私もいつか、喋る白仙狼フェンリルを使役してみせますよ!」


 えへんと胸を張って、そう宣言したルチナ。


「おおっ、大きく出たね」


「えへへっ。オトゥリア様に負けませんよ!

 使役魔法を勉強して、休日には冒険に出てみようと思います!

 私も頑張るので、オトゥリア様、アルウィンさんは前人未到の最下層まで突き進んでくださいねっ!!

 応援してます!他の誰よりも!」


「ありがとう、ルチナ!」


 そう言い終わらぬ内に、オトゥリアはルチナに抱き着いていた。

 オトゥリアからしたら、ルチナは教え子を超えた、大切な友人でもあるのだろうから。

 感極まって涙するルチナと、それを優しく包むオトゥリア。

 彼女らの美しい光景は暫く続き、やがて解かれた。


「アルウィンさんも、オトゥリア様のことは任せました。支えてあげてください。悲しませたり泣かせたりしたら許しませんよ!?応援してますからね!」


 差し出された手にアルウィンは応える。

 オトゥリアを追いかける少女の手には、強い意思が宿っていた。


「ルチナも、想い人に気持ちは伝えるんだよ!?」


 横からそう啄いたオトゥリアに、ルチナは更に赤面してしまったようだ。

 そして、「その事は……他の誰にも言わないって約束だったじゃないですかあ!」とぎゃあぎゃあ言っていた。


「大丈夫。アルウィンは信頼出来るから」


 オトゥリアがそう口にすると、ぷくーっと膨れたルチナが、「まぁ……今日はここで許しますよ」とだけ返すのだった。





 73層に進むアルウィンとオトゥリアが、去っていくルチナとゼトロスに手を振った。

 ルチナの髪は、さわさわと揺れている。


 優しく風が吹いて、オトゥリアの長い髪も天使の羽のように広がってしまう。

 アルウィンにとってその光景は、やはり美しかった。


「アルウィン、絶対に攻略しようね」


「ああ、勿論だ」


 ハイタッチをして、階段を降りた二人。

 さあ、ここからはまた二人きりの冒険だ。

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