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第40話 一時間おきに変化する迷宮

 遺跡層の内部は天井の低さ以外、一昨日のものとよく似ていた。

 一定の距離を置いて燭台に火が灯されるために、暗所が存在していない。

 天井は低くなっているが、それでも人間が通るには十分な高さではあった。


 高価な懐中時計を持たない冒険者らは砂時計を駆使しながら攻略するのがここの鍵なのだが─── アルウィンは初陣の論功行賞のときにジルヴェスタから貰った懐中時計を取り出して、しっかりと時間を計っていた。


「ゼトロスがいないから、ここからは久々に歩きだね。頑張ろうね!!」


 にこやかに笑うオトゥリアが前衛を、氷魔法が僅かながら上達したアルウィンが後衛の位置で進んでいる。

 アルウィンの魔法の練度は未だこの層のレベルに足りていないが、それでも補助として使うには悪くないものだった。


「8フィート平方のマスが幾つもある碁盤の目に、マスと同じ大きさの壁が立って迷路を成している……って感じの迷宮だな」


 アルウィンはそう口にしていた。


「一時間に一度、壁の位置が変わっちゃう。ってことは…… 今まで歩いていた迷路の道が、突然行き止まりになったり……自分の場所がいきなり壁に囲まれてしまって身動きが取れなくなったりすることもあるってことだよ」


 オトゥリアは静かにそう言った。


「その中でオレたちを狙って闊歩してるのは、遺跡兵ゴーレム達だったしな……」


「それも、ただの遺跡兵ゴーレムじゃなくて、魔石遺跡兵ジュエルゴーレムだしね。魔法を使ってくるから少しだけ厄介だよ」


 オトゥリアが言及した魔石遺跡兵ジュエルゴーレムは、身体に魔石が埋め込まれているものだ。

 魔石が遺跡兵ゴーレムの外殻の形成や攻撃手段に作用しているようで、炎属性の魔石をコアとした魔石遺跡兵ジュエルゴーレムの場合、外殻が赤色に変化して炎魔法の全てを無効化するという。

 また、掌に火炎放射の機能が備わって周囲に炎の海を作るらしい。

 倒したいのならば火炎放射を掻い潜り、物理的に傷を与えるか、炎魔法以外の魔法で倒さなければならないのだ。


 けれども、アルウィンらにとってそのような遺跡兵ゴーレムは大した障害にはならなかった。

 アルウィンは氷と風の魔法が使えるが、攻撃の主体はあくまでも剣であるし、オトゥリアは魔法が一切使えない。

 二人とも魔力感知があるため、属性攻撃も全て躱しきることも可能、加えてオトゥリアにはヴィーゼル流の魔法を斬る技や、トル=トゥーガ流の魔法を弾く技なども扱えるのだ。


 彼らは見つける度に連携しながら即座に魔石遺跡兵ジュエルゴーレムを討伐して、次々と魔石を回収していっていた。


「この属性付与された魔石は高値で売れるんだ!

 採れる魔石の殆どが赤ん坊の拳程度の大きさだけど……それでも200ルピナス以上の値がつくんだよ!」


 魔石は剥ぎ取りをしなくても鎧の内側に手を突っ込めば簡単に入手できるため、オトゥリアは大したタイムロスだとは感じていなかった。

 寧ろ、彼女は積極的に収拾していた。


「換金出来たら全てをアルウィンに譲渡するからね」


 と、びっくりするような事を言ってのけたのである。


「おい。どういうことだよ!?ほとんどお前の取り分なのに……」


 そう言ったアルウィンだったが。


「アルウィンが騎士団の入団資格を得るための資金の足しとして使って欲しいんだ。あとは……入団後にアルウィンみたいな強者なら直ぐに出世出来るだろうから……それを見込んで予算とかにしてくれたら嬉しいよ」


 真っ直ぐな瞳を向けてくれるオトゥリア。


 ───流石にオトゥリアにおんぶに抱っこしてもらっている状態は不味い気がするんだが。


 そう思うも。


「アルウィン。恋人として……助け合う必要があるのは解るよね?アルウィンがダイザールの街に来てくれただけで、私にとっては救いだった。だから……今度はアルウィンを援助したいの!」


 ───そっか……ここで断ったら、オトゥリアの想いも無下にしちゃうよな。


 そう考えたアルウィンは「ありがとう」と返し、援助を了承する。


 そんな彼らが迷宮に入って二十分程経った頃だろうか。

 突如、ヴゥゥゥゥンという低い羽音のような音が辺りに響いたのである。

 その音は、不気味な様相を四方八方から奏でていた。


「時刻は……十一時丁度だな」


 アルウィンがそう言葉にすると同時に、彼らの魔力感知が捉えた凄まじい魔力反応。


 と同時に視界が真っ白に染まった。


「ま、眩しっ!」


 暫くは目が開けられなかったが───光が収まる頃には既存の壁の一部が消え、あるいは新たな所に壁が出現していた。


「アルウィン、私でも解るくらいの魔力反応だ」


「ああ。だけど……

 オレには見えたよ、ゴールまでの道のりが」


「えっ、一瞬で!?」


 アルウィンの魔力感知の範囲を拡げる速度は、他のシュネル流剣士の中でも追随を許さない程である。

 このとき、彼は魔力反応を追うことで、第73層のゴールまでの道程を見ることに成功していた。


 新しい迷路の形を作るために、迷路の壁に魔力が通っている。

 それはあまりにも莫大な魔力だったため、アルウィンは魔力感知の密度を薄めて、感知の範囲を大幅に広げたのだ。

 そうすると、浮かび上がってくるのは魔力の通る壁の位置と、通らない床で構成された盤面である。


 ───オレらの場所からは……ゴールが近いな。


 迷宮の切り換わるタイミングは30秒程度。

 単純なルートでゴールに進む道を見つけられたアルウィンは、懐中時計のネジを回しながらもオトゥリアへ向けてニカッと笑う。


「この先は暫く道なりでいい。曲がり道を曲がったら別れ道があるんだけど、そこを左に曲がればゴールになるな。

 偶然か、オレたちのいた所が丁度よく迷わずに行ける道のりだった」


 その言葉に、オトゥリアの顔がぱあっと輝いた。


 魔力感知は、効果範囲を狭めれば僅かな動きを完璧に知覚でき、広げれば広げるほど知覚は粗くなっていく。けれどもこの迷宮の壁が放った魔力はあからさまな程で、粗雑な広範囲知覚でもしっかりと道程を感知出来たというわけである。







 ………………

 …………

 ……







 続く第74層は、迷路自体が4つの区画に別れており、ひとつひとつの区画にいる守護者ガーディアンを倒さねばその先の区画に行けないという仕組みになっていた。


 が、幸いなことに4つの区画の迷路は小さかった。

 懐中時計を見ると、切り換わるタイミングはあと30分以上ある。


「小さい迷路が4つ……これってもしかして」


「もしかして?何だよ?」


「壁に手をつけるやつあるじゃん?それで攻略できないかなって」


「……確かに、切り換わるタイミングを待って魔力感知を行うよりも合理的かもだな」


 わざわざ切り換わるタイミングを待たなくても最初の守護者ガーディアンの元へ辿り着けた彼らは、ミノタウロス型の遺跡兵ゴーレムなどを次々と倒し、簡単に75層への階段を駆け下る。


 彼らは苦戦などしなかった。

 強いて言えば、2番目の守護者ガーディアンだった飛竜型の遺跡兵ゴーレムが空を飛びながら火炎のブレスを放ってきたことだろうか。

 オトゥリアが放った、ヴィーゼル流の〝天吹〟では付けられる傷が浅く、エヴィゲゥルド騎士団の剣術の〝割天かってん〟は破壊力が高いものの避けられやすいためなかなか当たらず……ということで討伐に二十分程度時間がかかってしまったのである。


「75層は確か、73層と同じような全フロアを利用した迷路になっているんだけど、73層よりは複雑になっているらしいよ」


「73層は直線的な道が多かったからな。本当ならもっとグネグネした道を進まなきゃゴールまで行けないけど、アレは判り易かったし」


「ここは、そうはいかないと思う。

 紙と羽根ペンは元々使うつもりで用意しているんだから」


 73層は道が単純だったためアルウィンが即座にルートを導き出せた。

 74層は小さな迷路が4つだったため、わざわざ切り換わりを待たなくても強引に突破出来た。


 しかし、この迷宮の本来の攻略方法は、切り換わりの瞬間に魔力感知を行える魔法使いが全体の様相を紙に書き記して道のりを見つけることである。

 30秒という限られた時間だが、その間に壁の位置を書き写すことが出来れば攻略のカギとなるのだ。


「そうだな。そろそろ地道にやらないとな」


 そう言ったアルウィンの頬をオトゥリアの人差し指が突く。


「アルウィンの得意技だもんね、地道にやるのは」


「天才型のお前と違って、な」


「言ってくれるじゃん!」


 二人の掛け合いは関係が変化しても変わらない。

 それが、永く続くことを願うばかりである。

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