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第41話 死に瀕する魔法使いの独白

 アルウィンとオトゥリアの場所の少し先にて。




「はぁ……はあっ……ぜほっ……」


 荒い息。

 殴られた痛みがあたしの身体を麻痺させる。

 脳に送られる情報は、激しい痛みと口の中に広がった血だった。


「あ、あたしは……ここで死にたくない……」


 自然と、言葉が洩れてしまう。


 あたしはまだ15なのだ。

 運命の人も見つけてすらいないし、ここで死んだらあたしが出来損ないの妹だったということをお兄様に証明してしまう。

 生きないと。

 お兄様に、私の力を認めさせるためにも。


「う、動きなさいよ……あたしの身体……!!」


 食らった衝撃は大きく、四肢は全く使い物にならなかった。

 けれども、仮に動いたとしても全ては無駄なのだ。


 あたしは今、遺跡兵ゴーレムに囲まれている。

 遺跡兵ゴーレムは通路ぎりぎりの大きさなので逃げられない。

 道の両側から、あたしの存在をこの世界から消そうと遺跡兵ゴーレムがゆっくりと歩いている。


 襲い来る遺跡兵ゴーレムは、ただの属性持ちの魔石遺跡兵ジュエルゴーレムではない。

 属性持ちの魔石遺跡兵ジュエルゴーレムだったら、あたしにかかれば瞬殺出来たのだ。


 あたしを襲う2体は、魔石遺跡兵ジュエルゴーレムだった。

 無色の魔石遺跡兵ジュエルゴーレムは、全ての魔力攻撃を無効化するという恐るべき能力を有している。

 全ての魔法も、魔力を付与して威力を高める斬撃なども全て無効化してしまうのだ。


 あたしは魔力攻撃以外の攻撃手段を有していない。

 あたしみたいな魔術師の天敵となり得るのがこのような遺跡兵ゴーレムだ。

 今までは遭遇する度に撒いていたけれど、囲まれてしまっては逃げることが不可能になる。

 まさに絶体絶命。


 恐ろしい巨体が、あたしに向かって大きく腕を振り上げる。

 視界が滲む。

 意識が急にふわふわとして、はっきりしていない。

 恐怖にあてられて指先すら動かないのだ。


 ───ここまで相当、魔法の真髄に触れてきたこの私もこれで死ぬのか。


 そう思うと、あたしは何も出来なかった。








 ………………

 …………

 ……






「オトゥリア!前に人が!襲われてるみたいだ!」


 75層に入って四十分が経った頃。

 アルウィンとオトゥリアは75層の中途付近にまで駒を進めることが出来ていた。


 途中で一度内部構造のリセットが起きたが、二人の連携によりゴールまでの道のりは完璧にメモに記した。

 あとはただゴールに向けて駆け抜けるだけ。

 そんな時、たまたま進路の先でアルウィンが拾ったのは弱々しい魔力の揺らぎだったのだ。


「あっ……!!ほんとだ!!」


 彼らの視界の先には、通路を塞ぐ遺跡兵ゴーレムの巨体。

 それは透明な水晶を身に纏い、太い幹のような腕を振り上げている。


 ───魔力攻撃を無効化するヤツか。オレ向きの相手だな!


 剣を抜いたアルウィン。

 言葉に出さずとも、オトゥリアは彼が何をしたいのか理解していた。


「襲われてる人は治療が要るね。私は介抱しに行くから、アルウィンが二体とも倒しちゃって!」


「任せろッ!!」


 目の前にいるのは、倒れる人を攻撃せんと拳を振り上げていた無色の魔石遺跡兵ジュエルゴーレムだ。

 アルウィンは縮地を発動させて瞬く間に遺跡兵ゴーレムの背後をとると、右足で床を思い切り蹴り上げて踏み切っていた。


「シュネル流ッ!!〝辻風つじかぜ〟ッ!!!」


 狙いは遺跡兵ゴーレムの頭部である。

 遺跡兵ゴーレムの頭部に身体の動きを制御する魔力回路があり、破壊すれば遺跡兵ゴーレムの動きを停止させることが出来る。


 背後から迫るアルウィンの一閃。


 迷宮内に響いたのはガガガガガッ!!という、水晶の砕ける音だった。


 無色の魔石遺跡兵ジュエルゴーレムの比較的薄い後頭部が、アルウィンの一撃によってばっくりと裂ける。

 そのまま遺跡兵ゴーレムは力なくその場に跪くように倒れ込み、出来た空間に回復薬ポーションを取り出したオトゥリアが滑り込むように駆けていった。


 オトゥリアが回復薬ポーションを倒れ込む人物に飲ませようと開封した頃には、もう一体もアルウィンによって機能停止に追い込まれていた。


「アルウィン!お疲れ様!」


 戻ってきたアルウィンに、回復薬ポーションを飲ませきったオトゥリアが声を掛ける。


「あの人の容態は!?」


「大丈夫。殴られただけみたいだし、早いうちに治療出来たから無事だと思う」


 アルウィンが覗き込むと、死の恐怖を浴びたことで僅かに知覚が鈍っていることが解った。

 ストレートの茶色い髪と、身体を護る法衣ローブの少女。

 弱々しく開かれた目からは涙が絶え間なく流れている。

 けれども意識はあるようで、オトゥリアが差し出した手を弱々しくも掴んでいた。


「意識があるのは良かった。でも……ここだったらいつ殺されてもおかしくないよな。76層への入口とか、安全な所に連れて行こう」


「そうだね。そうしてあげた方が良さそう」


「この子はオレが背負うから、オトゥリアに戦闘を任せても大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ」


 オトゥリアの返事を聞いたアルウィンはすぐさま少女を背負うと、彼女の後ろに張り付くように歩みを進める。


 ───かなり軽い子だ。身長もオトゥリアより二回りは小さい。こんなに小さい身体でよくここまで辿り着けたな。


 後ろの少女は、弱々しいながらもアルウィンにぎゅっとしがみついてくれている。

 少女の涙で彼の首筋は濡れてしまっていたが、彼が気にする事はない。


 先行するオトゥリアにの後ろについたアルウィンは、着々と攻略を進めていった。








 ………………

 …………

 ……









「シュネル流ッ!!〝辻風つじかぜ〟ッ!!!」


 男の人の声がする。

 その声は爽やかで、朦朧としていた私の頭が晴れ渡るような謎の力を有していた。

 男の人が叫んだ途端、気持ちいいくらいの斬撃の音と一緒に、遺跡兵ゴーレムは機能を停止していた。


 ───助けが……来たんだ。


 涙でぼやける視界で、少ししか見られなかったけれど、その男の人の顔は整っていてとても格好が良かった。

 あたしの心臓がとくんと跳ねたのが、何故か不思議だったけど───


 それよりも不思議だったのは……後ろからは、どこか懐かしい花の匂いがしたことと、一瞬だけ、その男の人と目が合ったその瞬間に、電流が駆け巡ったかのような痺れが身体を駆け巡ったことだ。

 頭の中が、心臓が、身体全体が、目まぐるしく暴れ回る電流に翻弄されているのが感じ取れた。


 視界がはっきりとしなくなる。

 しかし何故か、不思議なことにその痺れは心地が良かった。

 まるで、マッサージを受けているみたいだった。


 ───これは……記憶!?


 何が何だか解らないけれど、懐かしさを覚えてしまう冒険者の男の人と、花の匂い。


 ───あの匂いは……鈴蘭だったかしら?


 答えは解らない。

 気が付いた時には、あたしの意識は海流に流されるかのように深い深い海の底まで沈んで行ったのだった。






 ………………

 …………

 ……







 76層への階段で、遂にその少女がぴくりと動いた。

 そして、アルウィンをぎゅっと掴んでていた手が力を失っていく。


「!?」

「んっ…………」


 ゆっくりと目を開けた少女。

 目の前のアルウィンの髪の向こうからは、少女のことを常に心配して見ていたオトゥリアがいる。


 そんなオトゥリアと目が合って───少女は全てを察したようだった。


 そして、「歩けるから……おっ…降ろして!!」と必死に叫ぶ。


 ため息と共にアルウィンはそっと少女を降ろしてやったのだが。


 ───やっぱり、小さい。


 オトゥリアよりも遥かに小さいのだ。

 法衣ローブの下にある襟のついた黒と白を基調としたワンピースは、オトゥリアでは絶対に着られないサイズだろう。

 12,3歳ほどに見える少女。


 ───だけど……なんて魔力量だ。


 こんなに幼く見える身体だが、魔力感知が示した少女の魔力量は自身に並ぶ程、あるいはそれ以上である。


 間違いなく、75層でも十分に渡り合える実力のある少女だった。


 ───恐らくこの子は魔法戦闘が専門なんだろうな。この少女を襲っていたのは魔法を無効化する無色の魔石遺跡兵ジュエルゴーレムだったのだから。


「よかったよ、無事に意識を取り戻して!私の名前はオトゥリアで、君を背負ってたのがアルウィンだよ!

 君の名前は?」


 気さくなオトゥリアが、にこりと微笑んで少女に声を掛ける。

 すると少女は顔を僅かに赤らめながら、


「あたしは……アリアドネ。アリアドネ・ワラニアよ」


 と、恥ずかしそうな顔で名前を告げたのだ。

 その名前を聞いた途端、アルウィンは、脳が一瞬停止してしまったかのように言葉を失う。


 ───どこかで聞いたことがある──いや、どこかどころじゃない。それが、目の前にいる。


「え……嘘だろ。アリアドネ・ワラニアだと?」


 自分でも口にしたことに気づかないほど、アルウィンの声は震えていた。瞬きするたびに、信じられない現実が視界に焼き付いてくる。

 莫大な魔力量も、彼女がアリアドネならば納得だ。


「この子を知ってるの?アルウィン」


「ああ、冒険者をしていてアリアドネ・ワラニアの名前を知らないヤツは居ないよ。

 昨年に東方の地で古龍の嵐碧らんへき龍ベルキュリルを単独ソロで討伐して、〝龍殺し〟のアリアドネって言われた最上位冒険者だ」


 駆け抜けたのは沈黙だった。

 その言葉に、アリアドネと名乗った少女はただ一点だけを見つめ何も言わなかった。

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