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第2話 成長と勝利

 フェトーラの〝海月星弾ジュエリーフィッシュボム〟は水属性の特級魔法だ。

 その特徴は、衝撃を吸収する巨大な水滴を展開させ、一定の衝撃が溜まるか、術者の任意のタイミングで爆発させることが出来るという魔法である。


 彼女の放った水滴は敵軍の魔法を受け止めていた。

 そうして、一定量の衝撃を受け止めた後に爆発をすることで後続の魔法も消滅させていく。


 魔法を受け止めていたその隙に、アルウィンらは斜めから方陣の角に突撃したのだった。

 方陣は、縦横にびっしりと兵を敷きつめた布陣だ。

 縦横の衝撃には一定の防御力を有するものの、斜めから突入されれば一気にその防御が瓦解する。


 アルウィンが手首を切り返しながら放った〝常閃蛇光じょうせんじゃこう〟によって、方陣の隅を守っていた魔法騎槍ソーサーランス部隊の2名の胸がバッサリと裂けた。


 そうしてできた隙間を、アルウィンが〝辻風つじかぜ〟を放ちながらどんどんと突き進んでいく。

 後続の騎兵たちは槍を持ち、アルウィンの作った隙間を左右に広げていた。


 敵軍7000に、後ろから魚鱗の陣で出現したアルウィン率いる1000名。

 斜めから突入された衝撃は、一瞬で敵軍後方に動揺を齎していた。


 それだけではない。

 戦況を静かに見守っていたヴェンデルが、静かに目を開ける。

 彼の口元にはわずかに笑みが浮かび、目尻には得意げな光が宿っていた。

 胸の内に広がる満足感を隠すこともなく、その瞳には、戦術を叩き込んだアルウィンが成し遂げたことへの誇りと安堵が溢れている。


「アルウィンが入ったか。よし。

 左の前線を押し上げろ」


 ヴェンデルの指示で、左軍の左側に待機させていたシュネル流騎馬隊20名が一気に突撃をかけたのだ。

 そのたった20名の騎馬による突撃で、敵軍の前線は大きく崩れる。

 そして、シュネル流騎馬隊の後方から勢いを盛り返した兵たちが敵軍を食い破っていく。


 右側の前線は変化せず、左側だけが大きく押し返したため、ヴェンデル側の前線はV字に変化していた。


 敵軍を蹴散らすアルウィンの魚鱗の陣は三角形を成している。

 そ形と上手く噛み合うように展開した、鶴翼の陣と呼ばれるヴェンデルの率いる本軍。


 その間に挟まれたソルジメント王国右軍の方陣は、一気に全体が崩壊したのだった。

 あとは、アルウィンが勢いのままに突っ込むだけで敵軍をすり潰すことが出来る。

 ヴェンデル側の前線は、ゴットフリード軍ではない追加された兵たちで殆どを占めていた。

 彼の指揮に不慣れな兵たちでも、混乱する敵を狩り尽くすことは容易い。


 アルウィンが斜めから魚鱗の陣で突入し、ヴェンデルが鶴翼の陣を敷くことで敵を完全に閉じ込める。

 この盤面が、ゴットフリード軍副官であるヴェンデルの描いた必殺の戦術だった。




「シュネル流騎馬隊が押し込んできたな。

 あとは……オレが敵将のデルサルトを討てばいい」


 アルウィンは敵軍を次々と斬り捨てながらも、魔力感知や旗の位置を見て戦況を把握していた。

 そしてその後ろには、彼以上に戦況を把握出来るフェトーラがいる。


 彼は、敵軍の本陣に向けてあと一歩、という所まで馬を進めていた。

 崩れた敵軍と言えど、本陣を守る兵達は皆が精強な兵が揃っている。

 賢馬ブリッツの進むスピードも僅かに落ちていたものの、彼の振る剣は止まらない。


 〝辻風〟でばっさばっさと敵を斬り倒し、遂にアルウィンは敵将デルサルトを視界に捉えていた。


 体躯は他の騎馬兵よりもひときわ大きく、強靭な肉体に頑丈な鎧を纏っている。

 幾度も戦場を潜り抜けたであろうその鎧は、いくつもの古傷を誇らしげに、鈍く光らせるのだった。


 アルウィンが本陣の護衛を全て打ち倒したとき、敵将デルサルトは静かな怒気と、そして完璧な作戦を完遂してみせたエヴィゲゥルド王国軍に対する賞賛という、相反するふたつの感情をその顔に浮かべていた。


 将軍の手に握られているのは、長大な大矛だった。

 全てが鋼で形成されたその大矛の全長は彼の身の丈を優に超え、握りやすいように牛革が巻かれている。


「お前が…デルサルトだな」


「左様。若き将よ、見事だったな」


 見事な突撃を見せたアルウィンに賞賛の言葉をかけるデルサルト。

 自軍を潰された怒りはあるのだろうが、武人としてアルウィンの活躍に胸踊る気持ちがあったのだろう。

 既に取り囲まれて絶体絶命の状況ながらも、彼は堂々たる振る舞いでいた。


「だが……私はここで死のうとも……道連れを連れていかねばならんのだッ!」


 アルウィンに矛を突きつけて、高らかにそう宣言したデルサルト。


「オレは負けるつもりなんて無い……ッ!!」


 互いの馬が、後ろ足で立ち、前足を上げて威嚇する。

 そして、同時に地を蹴ると───両者は、中央で激しく火花を散らしたのだった。


 首筋を狙った、魔力を纏った強烈な横薙ぎが迫る。

 しかし、アルウィンはシュネル流の剣士だ。

 魔力感知で起動を完璧に読み切り、剣を下から添えるように振って大矛の一振りを逸らす。

 そうして、空いた腹に剣を突き立てようとしたのだったが───


「ふんッ!!!」


 ガキンと音がなり、アルウィンの腕には衝撃が走っていた。

 一瞥すると、逸らされたばかりの矛の柄の部分が、彼の突きを正面から防いでいたのだった。


 どうやら、デルサルトという男は武術において、かなりの覚えがあるらしい。

 今の咄嗟の防御は、偶然ではない。

 アルウィンの狙いを完璧に読み切っていたのだろう。


 続けざまに、デルサルトは斜め上から大矛を構えていた。

 アルウィンは左手で、手網をぐいっと握る。

 ブリッツは嘶き、彼の意図を汲み取るように駆けた。


「〝瀧水りょうすい〟ッ!!」


 一振り目でデルサルトの斬撃を受け流し、今度は空いた隙間に潜り込みながらカウンターを放つ。

 斜め上に振り抜かれたアルウィンの斬撃は、僅かな手応えのあとにデルサルトの鎧に一直線の傷をつけていたのだった。


 鎧から覗く傷からは、トクトクと血が溢れてきていた。

 そこに手を当てると、べっとりとデルサルトの手に付着した血があった。


「若き者よ。名乗れ」


 その太刀筋でアルウィンの強さを認識したのか、デルサルトの表情は変わっていた。

 手傷を負わされたのはデルサルトであるのに、高圧的な態度で彼に向かって名乗れと言う。


「アルウィン。アルウィン・ユスティニアだッ!」


「なるほど……ッ!!」


 そう言った途端に、アルウィンの首筋を狙って再度振り抜かれた大矛。

 彼は、静かに息を吐きながらデルサルトの動きと魔力を見て、その間合いを完璧に測っていた。


 そして───


「〝蒼天〟ッ!!!」


 アルウィンの馬であるブリッツが、これまで以上にデルサルトに迫っていた。

 これ以上踏み込めば、大矛で斬り返されたら一巻の終わりである。

 それでも、アルウィンは覚悟を決めたのか剣を振る。

 すると。

 今度は剣に触れることなく、白銀に光る彼の剣は大矛の間合いの内側に潜り込んでいくのだった。


「な……ッ!?」


 デルサルトが驚愕の声をあげるも、迫る剣は鋭かった。

 アルウィンの剣はデルサルトの右肩から侵入し、首の真下目掛けて一気に振り抜かれていく。


「く……らァッ!!」


 アルウィンの得物が自身に刺さった瞬間、デルサルトは矛を持ち上げ、相打ち覚悟の斬撃を放とうとしたのだったが───剣を構えようとした瞬間に、右肩から下がぼろりと落ちていったのだった。


 けれども。

 腕を斬り落としただけでは、アルウィンの刃の勢いは止まらなかった。

 彼の剣は、胸をも割いて。

 右肩から首筋にまで伸びる一直線の傷をつけられたデルサルトが、頭から落馬した。


 討ち取ったのだ。

 ソルジメント王国の、右軍を率いた将軍を。



 勝鬨は勢いよく上がり、ヴェンデルもアルウィンの成長に誇らしそうな表情を浮かべている。


 そしてその後。

 ソルジメント王国右軍を打ち砕いたエヴィゲゥルド王国の左軍は、大きく回り込んで先程のアルウィンと同じく、斜め方向から魚鱗の陣で敵中央に奇襲をかけた。

 その結果、敵中央も大きく崩されて大打撃を受け、ヴェンデルが敵軍の総大将を巧みなトル=トゥーガ流の剣術で討ち取ったのである。

 そのため、ソルジメント王国軍の左軍を務めたサルヴァトーレという男は、生き残った兵を本国へと引き上げさせていくのだった。


 戦闘は、半日も掛からず集結に向かったのである。

 ヴェンデルの巧みな戦術と、それに完璧に応えてみせたアルウィン。

 この半年間で、彼は内政も、軍の扱い方も、及第点と言えるレベルまで学んでいたのである。

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