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第3話 隣国からの使者

 春小麦を作付する時期が過ぎた。

 雪解け水がイレアナ川を下り、国境を越えて鉄の海へと流れていく頃。


 冬の間に雪解け水による増水や土砂崩れを予測して堤防や斜面の補強を終わらせていたアルウィンとルディガーは、壊れたところが無かったかどうかの確認を終えたところだった。

 領内に土砂崩れはある程度あったものの、堤防の崩壊はなく、大した被害はなかった。


 ブダルファルの街に入ると、テオドールがヴァルク王国からの使者が待っているという情報を伝えてくれた。

 アルウィンとルディガーは急いでツァラストラに馬を飛ばし、戻ってきたジルヴェスタと共に、待っていた使者と対面するのだった。


 使者は2人で、片方はアルウィンと同年代と思われる人物だった。


「ユスティニア様の血を引かれるアルウィン様。

 お会い出来る日を心よりお待ちしておりました。

 私の名前はアレス。ヴァルク王国の、ベルサリウス侯爵家の次男です」


 恭しく頭を下げる青年と、その隣は初老の男性だった。


「彼はロマネス・カヴラス辺境伯です」


 アレスは横に座る男をそう紹介するのだった。


「長旅ご苦労。暫くはゆっくりしてくれ」


 そうジルヴェスタが言うと、扉を開けて使用人たちが食事を運んでくる。


「海の魚とはちと違う味だろうが、川魚を嗜んでくれ」


「恩に着るよ、ジルヴェスタ。わざわざ魔獣の森を越えた甲斐はありそうだ」


 どうやら、ジルヴェスタとこの辺境伯は知り合いらしい。

 ロマネスとアレスは並ばれた食事に舌鼓を打つ。


 使者の2人は、国境の山岳地帯を通らずに、危険な魔獣がひしめく魔獣の森を抜けてゴットフリード領へと入っていた。

 山岳地帯には曲がりくねった道ではあるが、馬車が2台は通れる幅の道が存在する。

 にも関わらず、彼らは正式な道を使わないで魔獣の森を利用した。


 それは、彼らの領地の位置が問題だった。

 ゴットフリード領とヴァルク王国とを隔てる山脈の向こうは、ヒュパティウス公爵家という、現皇太子を担ぐ貴族の土地があるらしい。

 ヒュパティウス公爵家は過去にアルウィンの曽祖父である第1王子のユスティニアを徹底的に貶めて国から追放した張本人だ。

 今でも度々、その因縁からか彼の子孫が潜伏するゴットフリード領に攻め込んでいたといえ。

 ジルヴェスタやヴェンデルが毎回侵略から防いでいるらしいが、敵である公爵もなかなかの切れ者らしく、少なくない被害を受けてしまうという。


 当然、ユスティニアの子孫であるアルウィンを王になど認めたくない立場のヒュパティウス公爵家がいる以上、公爵領を通ってゴットフリード領へ赴くことは出来ない。

 そのため、彼らは危険な魔獣の森を抜けてこの地まで来たのだった。


 食事を食べながら、話題は本題へと入っていく。


「アルウィン様、半年間のご活躍はお聞きしております。

 準備が整い次第、魔獣の森を通りながらベルサリウス侯爵領へと向かいます。領内に入られましたら、他の貴族にもこちらの陣営に入るように勧誘を開始します。幸い、現王は皇太子ではなく貴方の力を欲しているのですから、大義名分は作れます。そうして勢力を作った後に、王都圏へと進軍して王都に侵入して現皇太子ネロダルスを打倒する……それが我々の計画です」


 アレスが発した計画の内容は、アルウィンが手紙で受け取った計画と全く同じだった。


 アレスのベルサリウス家とロマネスのカヴラス家が共同でアルウィンを王として擁立しようとしている。

 けれども、その2家だけではどう足掻いても現皇太子の勢力には勝てないらしい。

 そのため、更なる交渉が必要であるし、要求されるのであればアルウィンも出向く必要があるという。


「我々の要求は、アルウィン様に現皇太子を打倒して欲しいという事だけです」


 アレスの瞳は、真っ直ぐアルウィンに向いていた。

 すると、彼の隣にいたジルヴェスタが口を開く。


「我々も……アルウィンを差し出すことに対して条件がある。

 今後、ヴァルク王国とゴットフリード領の間で不可侵条約を結びたい」


「お前のところに攻め込むのは因縁のあるヒュパティウス公爵家だけだろう。とても我々では……」


 ヒュパティウス公爵家は、ヴァルク王国王都圏の南西に広大な領地を持つ大貴族だ。

 ゴットフリード家とはユスティニアの血筋を巡って因縁がある。

 ユスティニアの血筋であるアルウィンが本国ヴァルク王国に戻って、ゴットフリード領にユスティニアの血筋が失せたとしても、今までジルヴェスタ等に完膚なきまでに敗北していたため、恨みのような感情は変わらないだろう。


「いや、どうしても呑んで貰いたい。

 そのためには……かの公爵家一族を滅ぼして欲しいということだ」


 戦など、やらないならばやらないに越したことはない。

 北方の憂いが消えれば、ジルヴェスタは魔獣の森に今までよりも厚く防衛の部隊を割くことが出来る。


「大丈夫。

 その点に関しては、オレが考えてきたから」


 アルウィンはそう言いつつ、ロマネスを見た。


「アルウィン様……?」


「簡単だよ。王都に攻め込むときに、間者を放つなり、賄賂を送るなりして敵軍となる皇太子側の総大将としてヒュパティウス公爵を担ぎ上げて貰うように誘導するだけでいいんだ」


 この計画を知っていたジルヴェスタとルディガーは僅かに苦笑いを浮かべる。


「そうすれば……オレらが勝った暁には、ヒュパティウス公爵家を新王に仇なした反逆者だとして潰すことが出来る」


 彼は淡々とそう語っていた。

 ジルヴェスタや、先代のゴットフリード家の面々を苦しめていたヒュパティウス公爵家。

 ゴットフリード領出身の者として、彼は徹底的にヒュパティウス公爵家から皆を守るか必死で考えてきていたのだ。


 アレスとロマネスは息を呑んで、互いに面食らったかのような表情で視線を合わせていた。

 想像だにもしていなかった、ヒュパティウス公爵家を倒す方法がアルウィンから語られたのだ。


「さっきから黙ってるけど、実現不可なのか?」


 問うアルウィンに、2人はいやいやと首を振る。


「出来ますが……まさか、アルウィン様からこのような策が出るとは思っておりませんでした」


「謀略については直接教わっていないが、幼少の頃に読んだ歴史書に書いてあったことをそのまま真似ただけだ。誇ることじゃないと思うが」


 そう言うアルウィンに、「はぁ……」と返すことしか出来なかった2人。


 アルウィンが読んだ歴史書というのは、エヴィゲゥルド王国の歴史を綴ったものだった。

 この国では、王位を巡る血みどろの争いが数百年近く繰り広げられていたのだが、その詳細を丁寧に記述されていた書物を読み、彼は知識を得ていたのである。


「方向性は、それで行きましょう。

 そうするとやはり、数万にもなるであろう皇太子の兵力に勝てるように、こちらも奮起しなければなりませんね」


 アレスはそう言って纏める。

 ここから先は、暫くの間に色々な貴族と交渉してこちら側の勢力として引き込む必要があるのだ。


「そうだな。

 私の読みだと、皇太子の軍は2万程度となるだろう。ヒュパティウス家の現当主たるニカは厄介だ。、最低でもその8割は勢力が欲しい」


「1万6000……」


 ロマネスはその数字に絶句をしていた。

 今、アルウィンを支持すると表明しているのはベルサリウス家とカヴラス家のみ。

 幾ら兵を掻き集めても両家合わせて最大で4000程度しか出せないのだ。

 更に仲間を増やし、数を4倍に膨れさせる必要がある。


 しかし、隣にいたアレスはロマネスと違った表情をその顔に見せていた。


「正面から戦うのを避けるのであれば、更に少ない数でも攻略可能ですよ」


 片眉を上げて、自信があるのか不敵な笑みを浮かべている。

 口元には小さな微笑が広がっているものの、目の奥には鋭い光が宿っているように感じた。


 その発言に、戦術というものを知っているアルウィン、ジルヴェスタ、ルディガーは縦に頷くのであった。

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