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第4話 出発

 アルウィンは、帰路の護衛として森を知るゴブリンのルーベン族に助力を頼むべきだとアレスとロマネスに伝えていた。

 アルウィンはゴブリン族の族長と顔見知りであるし、彼は最後の家族であるラルフをヴァルク王国へと連れて行くつもりだった。

 ヴァルク王国は龍神信仰国のため、ゴブリン族に対する偏見はない。

 そのため、2人はすぐにアルウィンの提案を了承してくれた。


 けれども。

 助力を頼むだけだったはずなのに、まさかこんな事になるなどアルウィンは全く想像できないことだった。


 ───まさか、ゴブリンたちが総出でヴァルク王国へ移動するだなんて、予想出来るわけがないんだけど!?


 アルウィンと同じような感想を、この場にいる人間の殆どが抱いていた。

 現在、彼らは森を通る馬車で、侯爵家の騎兵に守られながら森を移動している最中だ。

 そして、その騎兵らを前後左右から取り囲むように進んでいたのが冰黒狼ダイアウルフに乗ったゴブリン達だったのだ。


 ゴブリンたちの数は、総勢500名。

 集落に住むすべてのゴブリンが、アルウィンらを囲みながら駆けていた。




 何故、ゴブリン族が総出で村を出ることになったのか。

 それは、アルウィンたちがゴブリン族の集落に到着した5時間前に遡る。


「おーい!アルウィンだ!戻ったぞ!」


「おかえりなさい、アルウィン。これから出発なのね」


 ゴブリン族の集落にアルウィンが戻ると、数名のゴブリンと、時折訪れていたためこの村にある程度馴染んだフェトーラが彼を迎えてくれた。

 そんな中で、ラルフがアルウィンの元に歩み寄る。


「待ってましたよ、旦那様!」


「族長の所へ行く。ちょっと話をしにな」


 彼は、主たるアルウィンに「それでは、族長に報告をしなくては!」と言うと、直ぐに村の奥へと姿を消した。


「ほう……ここが、ルーベン族の……!!

 実に素晴らしい装飾だ」


 フェトーラにただいまと言ったアルウィンが周囲を見渡すと、ロマネスがゴブリンの集落を見て感動したのか、感嘆の言葉を洩らしているのが判る。

 アレスも、家々に凝らされた宝石のような意匠の骨細工の美しさに目を奪われ、ただただ魅入っていた。




 ゴブリン族には、様々な部族がある。

 かつて、大陸南東部を治めていたゴブリン族の国、カドミール。それは、「東のもの」という意味の古代語が名前の由来となっている国だった。

 ゴブリン族の作り上げた、カドミールの首都アザレヤムは神秘の都市とも呼ばれ、ゴブリン族の凝らした意匠が宝石のように輝く街だった。


 けれども、その宝石は時が経って砕けた。


 光明神によって異界から齎された、聖属性魔法。

 その魔法によって強化された大炎が、神秘の都市を尽く焼いたのだ。

 その炎は、独自の技術によって作られた神秘の都市に対する人間による嫉妬から始まった炎だった。

「劣種を排出して人を苦しめるゴブリン風情が、綺麗な街を作るんじゃない」という排他的な思想に取り憑かれた南光十字教の信者が決起し、カドミールは攻め落とされたのだ。


 宝石の都市アザレヤムを焼かれ、ゴブリン族十支族は各部族に別れて離散した。

 これが、ゴブリン族の大移動とも呼ばれる歴史的事件の真相である。

 大移動によって殆どの技術は失われ、各支族も移動中に劣種を目眩し目的で野に放ってしまったため、いつの間にか逃げ出したゴブリンは世界中に分散していくことを余儀なくされた。

 その結果、かつての十支族を正当に継承したゴブリンは世界の表舞台から姿を晦ませて、どこかでひっそりと暮らすこととなるのだった。



 歴史の表舞台から姿を消したゴブリン十支族。

 その十支族のうちのひとつが、この村にいたルーベン族だった。

 ルーベン族はオオカミを操る技術を持ち、狩猟を得意とする種族である。


 そして、十支族のうちもう一つであるエシャ族は、山脈を越えたヴァルク王国の中に入って人間たちとの生活に溶け込んでいた。

 建築を得意とするエシャ族は、ヴァルク王国に匿ってもらうことと、他部族を見つけたら国に取り込むことを条件に、その他の追随を許さない建築技術を貸してくれている。


 アレスはこの村がルーベン族のものであると知った途端に、ヴァルク王国に引き込まなければと直ぐに考えた。

 エシャ族との契約もあるが、ルーベン族は狩猟を得意とする種族であるため、戦力としても申し分ない。


 交渉して、どうにか王国へ連れて行かなければならない。

 彼は酷く緊張していたが、ルーベン族の骨を利用した意匠を見てひどく心を動かされた後に、ルーベン族と仲が良いと思われるアルウィンのリラックスしきった態度を視界に入れ───いつの間にかその緊張はふっと掻き消えていた。


 アルウィンの横を歩くフェトーラ。

 彼女の行動には貴賓が漂っていて、アレスはこの女性は何者なんだろうと首を傾げる。


 アルウィンはフェトーラとアレス、ロマネスを連れ、すたすたと族長の家に向かっていく。

 それは、巨大な樹の上に作られた住居だった。


「族長がお待ちです」


 アポイントメントを取ってくれたラルフが、アルウィンに恭しく一礼する。


「ありがと」とラルフに告げて、アルウィンはずかずかと族長の家に上がり込んだ。

 そんな、作法は学んでいるはずなのに何故か無作法な彼の所作に苦笑を浮かべながらもロマネスとアレスは従う。


「ただいま、ベルラント爺」


 アルウィンが対峙するゴブリン族の族長。

 それは、シュネル流の序列第3位の剣士、ベルラント・ゲクランだったのだ。

 かつての族長が瘴煙龍カリグリスの瘴気を浴びて死んでしまったため、ベルラントは族長の位に就いたのである。


「アルウィンとフェトーラに……ヴァルク王国の使者か」


 アルウィンがヴァルク王国に行くことを知っていたベルラントは、彼の後ろに待機するロマネスとアレスを見て直ぐに内容を察するのだった。


「お目にかかれて光栄だ、族長殿」


 ロマネスがそう言うと、アレスも似たような表情になる。


「わしの名はベルラント。ベルラント・ゲクランだ」


 2人に名前を告げると、ベルラントはアルウィンに向き直り、「何の用だ?別れの挨拶か?」と尋ねる。


 するとアルウィンは、


「魔獣の森を通って安全にヴァルク王国へ向かうために、ゴブリンの何人かに先導して欲しいなって」


 と、本題を口にした。


「……それか。構わない。わしが直々に魔獣の少ない箇所を案内してやろう」


 あっさりとベルラントは了承した。


「話はこれで終わりだな。じゃあ、宜しくな」


 そう言ってベルラントの家を出ようとするアルウィンだったが───


「待ってください!」


 突如、アレスは立ち上がっていた。

 ヴァルク王国に忠誠を誓う貴族として、ベルラントに言わなければならないことがあるのだ。


「ベルラント殿!

 ヴァルク王国には、十支族のうち、エシャ族がおります!エシャ族は……ゴブリン十支族の再結集を訴えています。ベルラント殿……ルーベン族を引き連れ、ヴァルク王国に移住して貰うことは出来ませんか!」


 いきなり、本題から切り込んだアレス。

 内容を知らないアルウィンは、いきなりのアレスの発言にぽかんと口を開けていることしか出来なかった。


 一方で、言われた方のベルラントはというと。

 大きく目を見開いて、信じられないとばかりに息を呑んでいた。

 いつも無表情なその顔には、言葉にならない驚きが誰の目にも判るほどに現れている。


「エシャ族……他の十支族が、ヴァルク王国に!?」


 低く掠れた声が、震えるように呟きから漏れた。


「そうです。エシャ族のみですが」


 ベルラントは天を仰いでいた。


「我々も……再結集は望んでいたのだが……

 まさか、あの山の向こうに同胞が居るとは思わなかった。

 行くしかないな、ヴァルク王国に」


 覚悟を決めたベルラントの瞳は強烈な光を放っていた。


 ベルラントは皆に旅支度をするようにと伝達し、ゴブリン達は即座に折り畳みが可能な家をコンパクトな大きさへと纏めていった。

 彼らのその表情は明るい。

 はるか昔に別れた同胞に会えるのだと知って、歓喜の感情のみを放っていたのだ。

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