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第5話 アレスの戦略

更新遅れました!申し訳ないです!





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 彼らは3時間程度かかって魔獣の森を抜けることが出来た。


 ゴブリンのルーベン族は、魔獣の襲撃をある程度予測して動いてくれた。

 そのため、ヴァルク王国から来た面々が襲われるということはなく、ゴブリンたちも含めて負傷者なしで魔獣の森を出ることが出来ていたのだった。


 現在、彼らはロマネスの領地である、カヴラス領に到着していた。

 カヴラス辺境伯領は南側の殆どが魔獣の森、そして東部で僅かにエヴィゲゥルド王国のゴットフリード領と接する領地である。

 東は北部がアレスの家であるベルサリウス侯爵領、南部がユスティニア家やゴットフリード家と因縁を持つヒュパティウス公爵領と隣接していた。


「夕刻まではあと2時間程度です。

 少々早いですが、今日は私の領地でお休みなさってください」


 ロマネスはそう言い、アルウィンを綺麗な部屋に通そうとした。


「じゃあ……お言葉に甘えて」


 アルウィンは、半年間で礼儀作法などの振る舞いも叩き込まれていた。

 服装も、場違い感を与えないようなコーディネートを選べるようになっているため、気後れなどなく出迎えに応じることが出来た。


 カヴラス家の使用人は、ヨーグルトソースと酸味のあるチーズに包まれた、熱々の肉料理を提供してくれた。

 これが酪農の盛んなこの地方の郷土料理らしい。

 舌鼓を打ちながら、アルウィンは右正面に座るアレスに声をかけていた。


「アレス……って呼んでいいよな?

 オレたち……年齢近いのかなって思ったんだが、お前は何歳なんだ?」


 そのとき、アレスはなにか別のことを考えていたようだった。

 不意に声をかけられ、軽く瞬きをした彼の表情はわずかに緩み、目が一瞬だけ大きく開かれる。

 その藍色の瞳は鋭い驚きの色を浮かべてアルウィンを捉え、唇が微かに開いたまま止まった。

 けれども、彼は直ぐに落ち着きを取り戻し、軽く眉を上げて、何事もなかったかのように冷静な顔を作ってアルウィンに目線を合わせる。


「すみません。

 少々……勝つための戦略について考え事をしていました。

 私は16です」


「じゃあ、年下なんだな」


「そうなりますね」


「勝つための戦略について、考えを巡らせてくれたみたいだが……オレに聞かせてくれないか?

 オレも、若干考えていることがあるんだ」


 互いに放つ真剣な眼差しを、ロマネスは面白そうに見つめていた。


「僭越ながら、私の戦略からでも宜しいでしょうか?」


 アレスの言葉に、アルウィンは「いいよ」と返す。


「では……お言葉に甘えて。

 相手方の予想戦力は先日の通り、ヒュパティウス公爵が総大将となるのであれば2万です」


 ごくりと息を呑んだアルウィン。

 アレスは続ける。


「正面からぶつかり合うためには、最低でも1万6000は必要だという話でした。

 確かに、その数は攻め込む側が我々なのですから妥当です」


「けれども……恐らく、我々が幾ら賛同者を集めようと、1万6000には達しないでしょう。

 皇太子に不満を持ちながらも、日和見する貴族が殆どでしょう。

 我々の家はアルウィン様の曽祖父であらせられるユスティニア様にご恩を頂戴したため、アルウィン様を王に導こうとしているのですが……

 他の家はなかなか動こうとはしないでしょうから」


「……それで?」


「1万に届くかどうかという所でしょう。

 けれども、策はあります。

 公爵にこちらを攻めさせればいいのですよ」


 ───アレスは、何を言っているんだ。


 アルウィンは、理解が出来ていなかった。

 王都に居座る皇太子を倒すために、攻めるのはこちら側なのだ。


 ───アレスは敵にこちらを攻めさせると言ったが、どう転んでもヒュパティウス公爵は攻めてこないに決まってる。

 こちらが一切攻めないのであれば、敵であるアルウィンの存在は王都で認知されないため、皇太子は悠々と王位を継承できる。

 攻めてこない敵は放置するはずだ。


 アルウィンはそう、思考を巡らさてアレスの思を探ろうとしたのだったが……

 暫くして、アレスは答え合わせをするように口を開くのだった。


「こちらがゆっくりと王都圏に進軍する最中、ゴブリンのベルラント殿が少数の精鋭を率いて王都に侵入して皇太子を拉致する。

 そうしましたら戦線を下げ、皇太子奪還に動いたヒュパティウス軍に籠城戦を仕掛けるのです」


「「……!!」」


 アルウィンも、話に参加していなかったロマネスも、アレスの放った発言に目を大きく見開いていた。

 漸く、アレスの「攻めさせればいい」という内容を理解したのだ。


「確かに……アレスくんの言う通りだ。

 籠城戦なら上手く行けば、こちらの土俵となってどんなに差があろうと敵を壊滅させられるな」


 ロマネスはアレスの戦略に度肝を抜かされたのか、額には僅かな汗を浮かべていた。


 ───ベルラント爺は剣の達人だ。

 受け流し重視の傾向が強くて序列は第3位だけど、アリックスのせいで身を引いただけで、ジルヴェスタおじさんと同格の強さを持っている。

 王都に侵入して皇太子を拉致するのもやってくれるだろうな。


 うんうんと独りでに頷くアルウィン。


 ───更に、魔法の扱いに長けるフェトーラもいるもんな。オレたちの陣営だって、強力な戦力が揃っているじゃないか。


 彼女は今、ゴブリンの子供に気に入られたのか遊び相手を買って出たためここには居なかった。

 けれども、アルウィンは思案を進めていく。


 ───いや、待てよ?

 フェトーラは迷宮から出る魔力の通り道を作れば迷宮外と迷宮内を繋げる転移盤ワープポイントを作れるよな。

 もしもその魔力の通り道を王都ソフィアポリスに繋げられるのならば……王子を誘拐しなくても王都を落とせるんじゃないか?後で聞いてみるか。


 アルウィンは籠城戦の方向性で進めていく2人を横目に見ながら、早くフェトーラと話をしたいと思って肉にフォークを伸ばしていた。


「ベルサリウス領には、モンタシア城という古城があります。今後、使用を前提に視察をするのも良いかもしれませんね」


「素晴らしい。地図はあるか?モンタシア城とやらの立地を確認したい」


「一応、あります。食事が終わりましたらお見せしましょう」


 そう2人は言葉を交わしていたが、いつの間にかデザートも運ばれて平らげてしまった。


 アレスは鞄の中から丸めた地図を出して、アルウィン、ロマネスと共にモンタシア城の場所を確認するのだったが……


「付近の川がまずいな。水責めには弱そうだぞ」


「……ですね」


 その地図を見たアルウィンは、ひと目でモンタシアの欠点に気がついていた。

 モンタシア城は川沿いにあり、ヴァルク王国から王都を守るための拠点として建てられた城だった。

 ヴァルク王国が攻めてくるであろう南西への防御力は高い城だが、王都圏の方角からひとたび堤防を建てられてしまえば膨大な水が流れ込む事が安易に予想出来るような構造の城だったのである。


「他に丁度いい城も……ないな。

 籠城は難しいな」


「ですね。この作戦は不可能です。

 野戦に備えて、他の貴族を引き込むしか方法はないのでしょうか」


「……ここはどうかな?」


 アルウィンは、地図の一部に目を付けていた。

 そこは、王都圏を少しだけ進んだ場所にある平原地帯である。


「ダガール平原、ですか?」


 驚くアレスに、アルウィンは「ああ」と短く答えた。


「包囲戦術が上手く決められれば───半分の兵でも上手くいくだろう」


 アレスとロマネスは再度、ダガール平原の箇所を見た。


「包囲戦術で……なるほど。

 私も色々と考えます」


 窓の外を見ると、昇る月が輝きを放っていた。

 薄く棚引く雲を後ろから月明かりが照らしている。


「時間は、もう、遅いですね。

 明日に備えましょう。

 私はここで失礼しますよ」


 ロマネスがそう言って去っていく。

 すると、アレスはアルウィンに向き直っていた。

 黒い髪の奥から除く藍色の瞳が、月に負けない輝きを放つ。


「アルウィン様。私には、必ず勝たなければならない事情があります。

 私は徹底的にサポートします。ですので……改めて、よろしくお願いします」


 その瞳の奥には、僅かに寂しさのようなものが内包されている。

 けれども何故か、アルウィンはその喪失感の正体に気が付いていた。

 その瞳の奥には、かつての自分自身と似たような感情が渦巻いていたのだと、肌で解ったからである。

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