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第7話 夏来る

 いつの間にか、夏は来ていた。


 アルウィン、アレス、ロマネスは自陣営の数を増やそうと奔走していた。

 ベルサリウス侯爵家の応接間に現れていたのは、総勢14名の貴族だった。


 ベルサリウス家当主である、アレクセイ・ベルサリウスに、その長子であるジャセン・ベルサリウスと次男であるアレス。


 隣領の辺境伯であるロマネス・カヴラスを中心として、イレアナ川の対岸の貴族5家が呼応してくれた。

 皇太子ネロダルスに自慢の娘を強姦の末に殺害されたという恨みを持つカロヤン・カラザロフ侯爵、そして親戚筋の3つの男爵家をロマネスはまとめてくれたのだ。


 近隣からだけではない。

 王国内のあちらこちらから、7つの家がこちらの要求に従ってくれた。


 ナルセス公爵家という、王国最西端を治める大貴族が、こちらに協力すると書簡をくれた。

 ナルセス公爵は歴戦の将軍として名を馳せているらしく、西方の国境を護る国家の守護者として神格化すらされている人物だ。

 西方には隣国の不穏な動きがあり、直接出向くことは出来ないが自由に使ってやれと騎兵3000名を送ってくれた。


 その動きに感化され、日和見をしていた幾つかの貴族がこちら側で参戦してくれた。


 その結果、アルウィンを王にしようとする陣営の兵力は1万2000にまで膨れ上がっていたのである。


「先ずは……ここに集いし12家の英傑たちよ。

 馳せ参じてくれたことに感謝する。

 オレが、アルウィン・ユスティニアだ。

 現皇太子ネロダルスを王座から引き摺り落とす。

 協力してくれるな?」


 葡萄酒の入った杯を手にしたそれぞれの貴族が、真っ直ぐな視線を彼に向けていた。


「娘のためにも……かつて我が領地をご贔屓にしてくださったユスティニア様にも……このカロヤン・カラザロフ、一所懸命に責務を全うさせて頂きます」


 アルウィンにそう言って跪いた屈強そうな男は、ジルヴェスタ程ではないがそれなりの覇気を身に纏っていた。


 カロヤンに続き、他の貴族もアルウィンに跪いて一言二言、決意表明のような口上を述べるのだった。


「それでは……今回の反乱における作戦を述べたいと思う。フェトーラ、前へ」


 アルウィンがそう言うと、彼の後ろでずっと沈黙を貫いていたフェトーラが前へ躍り出た。

 深紅の瞳に、流れるような銀髪が艶やかに光を放つ。


 彼女の本来の魅力に合わせた、黒いドレス。

 それがしっかりと厳かさや貞淑さを表現しつつも、彼女の色気を強調するようなものとなっていた。


吸血族ヴァンパイア……珍しいな」


 ヴァルク王国は、人間と他種族が共存する国である。

 今回列席している貴族の中には、北方の竜人族やエルフ、南方の鉱人族ドワーフの血が入っている人物もいたのだが、吸血族ヴァンパイアはかなり珍しいらしい。


 フェトーラの美貌に魅入られた貴族たちだったが、そんなのも気にせずフェトーラは口を開いた。


「アルウィンの補佐官を務めるフェトーラよ。

 それでは……作戦を伝えるわね」


 フェトーラが考えた作戦。

 それは、アレスが考えていたものとほぼ同じだった。

 それにアルウィン、アレス、ロマネス、フェトーラの4人で色々と付け足しなどの改良を重ねた作戦を、彼女はこれから発表するのだった。


「中央があたしたちを入れないと王都圏外部に展開しているヒュパティウス公爵が率いる軍の数は、2万6000よ。

 それに打ち勝つために、隊を3つに分けるわ」


 ヒュパティウス公爵の予想戦力は2万だった。

 けれども彼は、こちら側にナルセス公爵家が付いたこに危機感を抱いたのか、戦闘に不慣れな領民を歩兵として強制的に招集して6000名を補充したのである。


 フェトーラは続けた。


「隊をアルウィン・アレス隊1万、カロヤン隊2000に分けるわ。

 そして、3つ目。

 貴族家所属じゃない部隊をアルウィンが用意したわ。ベルラント!ここに!」


 厳密に言うと、その戦力はアルウィンが用意した訳ではない。

 アレスが誘い、ベルラントが彼の意思で着いてきたのだが、ここではアルウィンの功績として宣伝することにしたのだ。

 フェトーラが合図をすると、いつの間にか彼女の隣に立っていたベルラント。


 それを見て、貴族たちがどよめき出す。


 ヴァルク王国と共存しているゴブリンのエシャ族は王都圏で召し抱えられている。

 ヒュパティウスの軍には所属していないが、後方支援くらいならしているだろう。


 そんなゴブリンが、何故ここにいるのか。

 そう思った貴族たちが不審に思っているのだった。


「紹介するわね。ゴブリン十支族のひとつであるルーベン族の族長、ベルラント・ゲクランよ」


「「「ルーベン族……!?」」」


 貴族たちの驚きは、頂点に達していた。


「アルウィンは未発見だったルーベン族を発見し、自陣営に組み込んだわ!!

 ルーベン族の強みは狩猟。小回りが利く冰黒狼ダイアウルフに騎乗して扱う弓の技術はエルフ族に並ぶわ。そんなルーベン族から100名の戦士が此度の戦に助力してくれるそうよ!」


 貴族たちがベルラントを期待の目で見つめている中で、ベルラントは言葉を発する。


「わしはアルウィンの指示のみで動く。100人と数は少ないが確固たる戦果を保証しよう。以後よしなに」


 貴族たちの歓声が、辺りを包み込んだ。


 ベルラントは弓よりもシュネル流の方が得意な、ルーベン族の中では異質な戦士であるが強いことには変わりない。

 フェトーラは続けた。


「事前に放った斥候の情報によると、王領のダガール平原にこちらの狙い通りヒュパティウス公爵が布陣しているわ。

 こちらの軍要は、我々しか知らない。

 兵たちにも本隊1万だけで攻めると伝えてある。

 このまま、情報封鎖を続けて別働隊2つを徹底的に隠すわ」


 貴族たちが、ごくりと唾を呑む。

 タレコミを行ったりなど裏切りの可能性がある者は今回の陣営に招待していないため、信頼出来る面々だ。


「1万の軍を、敵の2万6000にぶつけるわ。

 こちらは数が少ないけれど、敵の右軍と左軍を潰して欲しい。

 中央は戦略的退却で敵中央を奥へと引き摺り込む。そうして空いた隙間を埋めるようにこちらの右軍と左軍が三方を包囲した所を……カロヤンの2000名が魔法部隊を前面に展開しながら敵後方から奇襲する。

 そうすればヒュパティウス公爵の本陣は瓦解するわ」


 フェトーラの作戦に、素晴らしいと皆が拍手する。

 そんな中で、カロヤンがアルウィンの元へ歩み寄ってきた。


「ルーベン族とは……大将には恐れ入った。

 アルウィン様。俺も別働隊2000で戦果を挙げることを保証しましょう」


 恭しく頭を下げたカロヤン・カラザロフ。

 その瞳は、ギラついた復讐心を隠していなかった。


「ベルラントもカロヤンも……オレに勝利を齎すために貢献してくれ」


 そのアルウィンの発言に、2人は任せろと言わんばかりに誇らしそうな表情を見せた。

 階下を見ると、待機する兵士1万が見える。


 ───圧巻だ。

 あれを、オレたちが率いるんだ。勝つために。


 部屋の扉が開かれ、本隊を動かす面々は馬に乗った。

 アルウィンの傍には、フェトーラが待機している。


 カロヤンとベルラントはそれぞれ、別働隊を隠してある場所へと移動して出撃の準備を進めていた。


「本隊を動かしますよ。総大将、口上をお願いします」


 いつの間にか、アレスもアルウィンの隣に馬を付けていた。

 アルウィンは「ああ」と頷いてじゃらりと剣を引き抜き、そして腹から思い切り声を張る。


「オレはッ!!!この軍の総大将ッ!

 アルウィン・ユスティニアだッ!!」


 がらりと、兵達を包んでいた空気が変わった。

 彼は周囲に届くように、横隔膜の周辺に魔力を纏いながら言い放っていた。


「今からこの軍1万を率いてッ!!

 王都圏に突入するッ!」


「王都で胡座をかく皇太子ネロダルスを擁護する国賊ヒュパティウスを討ち取るのだッ!!」


 うぉぉぉぉぉぉぉっ!!と、爆発が沸き起こる。

 彼が勢いよく剣を振り抜いた瞬間に、前方にいたロマネスが「出撃ッ!!」と号令をかけていた。


 たった今、王都へ向かう反乱軍の本隊1万が動いたのだ。

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