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第8話 ダガール平原の戦い、開戦

 アルウィン・ユスティニアを総大将とする1万の軍は半日ほど行軍すると、決戦の地であるダガール平原に到達した。

 この地はベルサリウス侯爵領と王領の境界である。


 5マイルほど先まで小高い丘や、所々、僅かに林があるものの、それ以外は丈の短い草木が生茂る平原地帯であった。


 王領側には、2マイル先に布陣している軍が見えた。

 ヒュパティウス公爵が総大将を務める、2万6000の大軍である。


 決戦は翌日の朝からだ。

 アルウィンは丘に陣を敷き、中央軍にはロマネスを、右軍にはフェトーラ、左軍にアレスを任命する。


 カロヤンを除く他の貴族たちは国境任務の経験がなく、軍を率いるのがあまり得意ではないらしい。

 そのため、若くも西方で活躍したアレスはそのような全ての貴族には自分たちの命令に忠実に従うようにと指示していた。


「アルウィン。布陣が完成したわね」


 右軍の方面からフェトーラが現れる。

 彼女の右軍は方陣を作っており、最前を弓や魔法を主体とした軽騎兵で固め、後列に重装騎兵や歩兵を回していた。


 その布陣は、防戦に向いたものである。

 敵の突撃の衝撃を緩和するために、遠距離攻撃部隊で敵前線を崩し、迫られたら軽騎兵が得意とする逃げ足を最大限に活用して後方へ回るという算段だ。


「緊張……してる?」


 心配しているのだろうか。

 フェトーラは、アルウィンにそう問う。


「ああ。今までは敵の半数以上の兵を使っていた戦いしか経験していなかったからな」


 彼らは、燃え立つような夕焼けの中で戦場を見つめていた。

 金色に染まる空が、大地をまるで血のような色に染め上げ、彼の顔にも斜陽の光が落ちている。


 アルウィンら無意識に手を拳にして握り締め、目の前に広がる光景に視線を走らせていた。

 自軍1万2000と、敵軍2万6000名。

 否が応でも、明日には激突することになる。


 ベルラントもカロヤンも、登場するのは明後日の予定だ。

 明日は2000を抜いた1万のみで兵の損失を限りなく減らしつつも敵に油断を与え、耐えきらなければならない。


「アルウィン。あんたとアレスの采配は完璧よ。

 無駄がない。上手く誘導も出来そうだし……明日はあたしも尽力するわ」


「オレの采配じゃない。この盤面の殆どはアレスが考えたことだ」


 アルウィンは否定する。

 風は彼らの背中を後押しするかのように吹き抜け、夕闇の平原を敵陣へと駆けていった。






 一方で。

 アルウィンたちと対峙するヒュパティウス公爵の陣営では、屈強な貴族の将軍たちが結集していた。

 エヴィゲゥルド王国のゴットフリード軍に何度も挑み、撃退され続けているけれども、西方戦線で活躍したヒュパティウス公爵。そしてフラウィウスというヴァルク王国軍所属の剛将と、魔法を得意とするメトディオス子爵、公爵の副官で軍師でもあるセルゲイを筆頭に、様々な経歴を持つ人物が軍の中核を担っていた。


 ヒュパティウス公爵はアルウィンの陣営を遠くに見て、「どうかね?」と周囲に問う。


 公爵は、冷ややかな威厳を纏った男だった。

 鋼のように強張った骨格が際立ち、その眉は厳しく鋭く、まるで相手を金縛りに遭わせることが出来そうな鋭い目を持っている。

 輝く鎧の上に身にまとう濃紺のマントは、彼の体を風のように包み、肩には複雑な紋様が刻まれた銀の飾りが落日を反射して光っていた。


「半数以下だが、左軍にはアレス・ベルサリウスが出陣しているようだ。

 ヤツは西方じゃ相当頭がキレる若き将として名を馳せている。

 けれどもその実態は、分散戦法と突撃を最も得意とする青臭い軍だ。

 私が一点突破で突撃すれば、撃破は容易い」


 フラウィウスはアレスのことを知っているのか、任せてくれと言わんばかりだった。


「中央軍はロマネス・カヴラスか。

 敗戦処理ばっかり受け持つ逃げ腰の腰巾着が、私に宣戦布告をしおったぞ」


 ヒュパティウス公爵は、ロマネスに率いられる中央軍を見て嘲笑っていた。

 ロマネスは敗戦処理を最も得意とする稀有な将軍であるが、殆ど全ての将がその事実を知らず、〝勝ち知らずの無能〟と蔑まれている。


 ヒュパティウスもロマネスが敗戦処理という汚れ役ばかりを受け持っていることを知らない。

 そのため、ロマネスが相手と知ったヒュパティウス軍本陣は安堵に包まれる。


「この戦、戦う前から勝利は確定ですな」


 メトディオス子爵はそう言うと、他の貴族たちも笑いながら「そうだそうだ」と返した。


 しかし、軍師であるセルゲイは「油断してはならないですよ」と発言した。


「敵右軍を率いる将は正体不明です。実力者が紛れ込んでいる可能性も有り得ます」


「……」


 貴族たちの慢心は、その一言で冷める。


「おそらく敵軍は、左右に2500、中央に5000を配置するでしょう。

 鍵となってくるのは、誰が指揮しているか解らない敵の右軍です。こちらは何があっても対応出来る私が赴きましょう。

 フラウィウス殿にはこちらの右軍をお願いしたい。

 アレス・ベルサリウスを熟知しているのならば、徹底的に壊滅させて下さい」


「……承知した」


「メトディオス子爵殿には、中央1万の補佐をよろしくお願いします。

 魔法を浴びせ続ければ、逃げ腰のロマネス軍は瓦解しますよ。完膚無きまでに叩きのめし、ユスティニアの血筋を絶やすのです!!」


 そう言い切ったセルゲイに、貴族たちは「素晴らしい」と絶賛の声をあげていた。

 ヒュパティウス公爵軍の貴族たちは杯を酌み交わし、宴会のような雰囲気で夜を明かしたのだった。









 早朝。

 食事が兵達に配られ、準備を整えていたアルウィンのもとに声がかかる。


「……戻ったぞ、アルウィン」


 気配を一切出すことなく現れた影がひとつ。


「ベルラント。敵陣はどうだった?」


 その声の主は、ゴブリン、ルーベン族の主であるベルラントだった。

 彼の部隊は後方で待機していたのだが、冰黒狼ダイアウルフやゴブリンの身体は小さい上に機動力もあるため、一部を斥候として放っていたのである。


「アレスという男の言った通りの布陣となりそうだ」


 静かにそう言ったベルラントに、アルウィンは息を呑む。


 アレスは、自身と戦う将がフラウィウスで、フェトーラには軍師セルゲイが対すると予想していたのだが、まさにその通りの布陣が完成していた。


「あの男の先読みは末恐ろしいな」


「あぁ。アレスには驚かされてばかりだ」


 そう言った彼の表情は、昨日よりも落ち着いたものだった。


「この盤面がアレスの思い描いた通りならば……オレらは勝てるって事だろ?」


「油断は負けに繋がるぞ」


「油断じゃない。慢心は命取りだということは初陣で気付かされた。

 取り敢えず今日はやる事をやる。勿論、全力を出すさ」


 彼の表情は、明るかった。


「死ぬなよ」


「……死なないさ」


 そう返すと、用意された馬に乗り込んで駆けていったアルウィン。

 彼は前線部隊の目の前へ馬を走らせると、剣をじゃらりと引き抜いた。

 兵士たちの視線が、一斉に彼へと集中する。


「オレはッ!総大将のッ!アルウィン・ユスティニアだッ!!王家の血の継承者であるッ!!

 オレを阻む国賊の軍はは2万6000!

 目の前の敵を打ち崩し、敵将ヒュパティウスを打破するのだッ!!」


 本来であれば、国賊はアルウィンである。

 けれども、彼はユスティニアの血族として自身の正当性を示すために、敢えてヒュパティウス公爵を国賊とした。


 けれど、そんな事など誰もが気にしなかった。

 地響きに似た歓声が、1万の兵たちから沸き上がる。

 兵たちの士気は、最高潮に達していた。


「今日お前らに命じることはッ!!死ぬなということッ!!それだけだッ!」


 奥に目を向けると、同様にヒュパティウス公爵も軍の指揮を高めるために檄を飛ばしていた。


「「出撃ィッ!!!!」」


 両軍から、砂塵が舞った。

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