「「出撃ィッ!!!!」」
両軍から、砂塵が舞った。
兵士たちは叫び、馬はあちらこちらで嘶き、突撃を開始する。
「始まった。じゃあ、手筈通りに行くとしようか」
アレスはそう言うと、軍を前に進ませた。
今回左軍を指揮するアレスが戦う相手は、ヴァルク王国軍のフラウィウスという将軍だった。
彼は、貴族のような大した身分の生まれではない。
田舎の平民として生まれ、持ち前の軍略や鍛えた肉体で、西部の戦場で様々な武功を上げた結果、軍での確固たる地位を手に入れた男である。
その男が率いた軍は8000名。
アレスが率いる2500名よりも、3倍以上多い兵数である。
その8000名がアレスの軍を蹴散らそうと、一点突破に特化した魚鱗の陣で迫っていた。
騎馬が戦場を駆け抜けると、地面が大きく震え、砂煙が空高く舞い上がっていく。
馬たちの蹄が荒々しく大地を踏み締める度に、轟音が戦場に響き渡った。
勢い付いて、まるで嵐のような勢いで進んでいくフラウィウスの部隊。
「アレスの軍は本陣目掛けて一点突破で潰すッ!
私についてこいッ!!」
剛将フラウィウスを乗せた馬はヒィィィィィンと嘶き、突撃を開始していた。
彼の軍の前面は重装騎兵で固められている。軍と軍が衝突した時に敵軍が浴びる衝撃は、重装騎兵と軽装騎兵では桁違いだ。
風を切るように棚引く、深紅のフラウィウスの旗が、騎士たちの激烈な進撃の意思を物語っている。
彼らの剣や槍が一斉に陽光を反射して煌めき、敵であるアレスの陣へと突進する。
アレスの軍は、もう目と鼻の先、200ヤード以内にまで迫っていた。
「今だッ!!蹴散らせ!!」
そうフラウィウスが言った途端に、馬は加速する。
けれども。
「未だ!狩り尽くせッ!!」
かなり若々しい叫び声の後にアレスの軍から放たれたのは───数多の矢と魔法だった。
前方から迸った魔力反応に、一部の兵は「ま……魔法が来るぞォッ!!」と叫んでいる。
しかし、戦場において混乱は敵の思う壺だというのは常識である。
混乱したところを、勝者は必ず食い破るのだ。
「落ち着けッ!防御魔法だッ!!防御魔法を展開せよッ!」
混乱は避けなくてはなるまいと、フラウィウスは即座に指示を飛ばした。
彼の命令の通りに、後陣の魔法の扱える騎馬が前方に厚い防御魔法を構築していく。
すると、その防御魔法に安堵したのか、前面の部隊は徐々に落ち着きを取り戻していった。
───悪くないな。しかし……
幾重にも張り巡らされた防御魔法が、飛んでくる攻撃を防ぐ壁となって、突撃する前面を守る。
間もなく防御魔法の展開された箇所へと魔法が到達するが、その時には勢いを取り戻したフラウィウス軍8000が、アレスの喉元に噛み付かんと駆けていた。
───不可解だ。
アレスは切れ者だが……何故こんなにも無謀なことをするんだ?
矢も魔法も、防御魔法に防がれると解っているはずなのに。
私が防御魔法を扱ってくることは、幾らアレスでも解っていたことだろう。
そこまで奴を過小評価しているつもりはないのだが……目眩しにしても出来が悪すぎる。
そうフラウィウスが考えを巡らせた途端。
彼の耳は、到底受け入れ難い報告を捉えた。
「報告しますッ!
我々の防御魔法が……ッ!!
貫通されていますッ!!!」
「な、何ッ!?」
アレスの陣から飛んで来た魔法は、氷属性の魔法が殆どだった。
氷属性魔法のうち、大魔法に分類される〝
そのような魔法が次々と、アレスの陣から放たれていたのである。
───
そうだ、氷属性には貫通能力特化の魔法があったじゃないか。
アレスは……氷属性魔法の使い手だけを集めたのかッ!?
氷属性魔法は防御魔法を砕きながら、前面で駆けていた重装騎兵に次々と突き刺さっていく。
そして、氷魔法が砕いた防御魔法の合間を縫うように、矢の雨が降りしきっていた。
貫かれ、呻き声があちらこちらから上がる。
前面は、アレスによって瞬く間に恐怖の色に染められてしまっていた。
フラウィウスの軍の勢いは、いつの間にか止まってしまう。
と同時に、アレスの軍から声が発せられた。
「今だッ!!第一部隊、撤退!!」
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」と声をあげて、魔法や矢を放った部隊は後陣へと戻って行った。
その数は、わずか200名程度。
たった200名しかない部隊によって、フラウィウスの8000の兵の動きが止まってしまったのである。
───なっ!?たった200だと!?
フラウィウスは一瞬だけ目を丸くして、撤退していくアレスの第一陣を眺めていた。
けれども、彼は自信が驚けば士気が更に下がると理解していたため、すぐさま表情を元に戻し、その唇を引き締める。
それ以後は、一切の表情を顔には出さないつもりでいた。
だが、彼が兵を引き締める前に、アレスは次なる命令を発するのだった。
「第二部隊ッ!突撃ッ!!」
アレスは、先程魔法や矢を浴びせた200名の後ろに待機していた800の兵を、混乱によって綻びが生じたフラウィウス軍に向けて突撃させる。
第二部隊は、重装騎兵だった。
軽装騎兵に比べれば足は遅くなるが、それでも勢いと重量で敵を崩すことの出来る戦場の花形だ。
アレスが前に出した800名が、砂埃を撒き散らしながら駆け抜けた。
統率された騎馬兵たちが整然と並びながらフラウィウス軍に迫るというその姿は、猛々しさを感じさせる。
甲冑の重みが戦場に轟きを残しながら、先頭で高らかに矛を掲げた騎兵の元に800名は集結していく。
第二部隊を率いるその騎兵の名は、オフィロスという名前であった。
嘗ては傭兵だったが、アレスにその武勇を拾われた男である。
混乱の最中にアレスに兵800を向けられたフラウィウスは、このまま突撃を受け切るか、撤退して軍を組み直すかで悩んでいた。
この突撃を受けても、間違いなく自身の喉元まで剣は届かない。
アレスが全軍突撃をして来たのならば本陣は危うかったが、ここを守るのは屈強な戦士ばかりだ。
たった800の軍勢に突破されるほど弱くはない。
彼は、アレスが何故、好機であるのにもかかわらず全軍突撃をせずに800という兵数で攻勢をかけたのかが甚だ疑問だった。
───アレスは慎重な奴だ。800の騎兵だけで私を討てるとは思わないはず。
何故、全軍突撃をしなかった……?
あの混乱に2500で飛び込んでも未だ足りないと思っていたのか?
そんな訳が無い。
アレスならば……2500で絶対に私を討ち取れるはずだ。
フラウィウスは、アレスの行動の意図を全く掴めなかった。
彼は西方戦線では、戦力の集結と分散を繰り返す戦法で数多の半島諸国の軍勢を退けている。
けれども今回の戦で彼が行ったのは、半島諸国軍を徹底的に痛めつけた得意とする分散戦法ではなく、一撃離脱戦法と呼ばれるものだ。
けれども得意とするそれを使わず、新戦法を採ってきたアレスに、 フラウィウスは一種の気味悪さすら感じていた。
───アレス。私は奴の思考が理解が出来ず、焦りを覚えている。
今の状況は非常に不味い。
そう考えた彼は、息を大きく吸い込んだ。
途端。
「フラウィウス軍は……撤退だァ!!!」
そう言い放ち、全ての兵を反転させる命令を放つ。
その途端に自軍にどよめきが走るものの、何とか後方の指揮官は対応してくれたようだった。
「撤退ィ!!走れッ!!」
後方は、既に撤退を始めていた。
ちらりとフラウィウスが一瞥すると、後方も中央もあまり陣形に乱れがない。
乱れていたのは、最前面だけだった。
「
お守り致しますッ!」
前面の指揮官が、決死の表情でそのように進言した。
───仕方ないか。前面の一部をここに置いておいて、残りで再結成をかけるしかないな。
そう考え、静かに命ずる。
「折を見て戻ってこい。お前の犠牲など、私は望んでいないからな」
「有り難き幸せにございますッ!」
前方を指揮する指揮官が、手勢100名を率いてアレス軍の第二部隊、800の部隊に突撃していく。
その姿を後ろに見ながら、フラウィウス軍8000は撤退を開始した。