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第41話 皇太后はいつの間にか変わっていた学校の習慣に嘆息する

 そしてようやく、扉が全部開いた。

 シラは自分が何処かへ連れていかれるのか、と思ったが、それは思い違いだった。

 開かれた扉からは、一人の女性が入ってきた。

 シラはもちろん知らないが、入ってきたのはカラシュである。そして扉の前の見張りに、もういいわ、と高くも低くもない声で告げた。


「なかなかとんでもないことをしてくだすったようね」

「それはそうですわ。誰もここが何処だか、どうしてあたしがここにいるのか、どうして出られないのか、誰も答えては下さらない。あの女の子に聞こうと思ったけれど、実に真面目ですわね、一言もそのことについては喋らないではないですか」

「あれはそうするように言われているのよ。可哀想に。ずいぶん泣いていたわ」

「そうですね、ずいぶん素直な子のようでしたから」

「何をしたの? あなたに犯されたって言ってたわ」

「その通りですね」


 いけしゃあしゃあとシラは言う。

 もしも彼女のクラスメイトや親戚筋の叔母や従姉妹あたりが見たらかなり驚くだろう。それは相棒にしか見せたことのない一面だった。


「第一中等の学生だったらもう少し真面目かと思ったけれど? 私の母校でもあるし」

「ああそうなんですか。でもそれだったら貴女もご存知でしょう? 入寮時の習慣とか、いろいろ」

「……?」


 カラシュは何を言われているか判らない。何せ彼女が学校を中途退学してこの場所にきたのは、もう百年も昔のことなのだ。


「ご存知ない? 最初に上級生に犯されてしまう習慣のことですよ。黒夫人もご存知でしたから、てっきり貴女もご存知かと思ってしましたが?」

「なるほどラキ・セイカはその部分はぼかしたな」


 聞こえない程度の声でつぶやく。ふっとカラシュの目が厳しくなった。


「それで? もう少し詳しく話してくれない?」

「どちらですか? あの可愛い黒髪の娘をどうこうしたことですか? もうしませんよ。要は貴女を引っぱり出したかっただけなんですから。それとも学寮の習慣について?」


 どちらもよ、とカラシュは答えた。

 では、とシラはどっか、とソファに掛けた。



「まあ犯したというのは彼女も言い過ぎかもしれませんよ。私は入れませんでしたから。そちらは専門ではないし」

「直接的ね」


 ふう、とカラシュはため息をつく。

 差し向かいで二人は話す。

 二人を挟むテーブルには何も乗っていない。これでお茶でもあればもう少し和やかかもしれないが、あいにくお茶を入れる彼女が被害者なのだから仕方がない。


「ではどうしたというの?」

「まずとても濃厚なキスを一つ」


 それは相棒から学んだ。ナギは手加減はしていたとは言え、それこそ百戦錬磨の技術をふんだんに使って相棒を楽しませている。

 何度と、何十度と、繰り返されるうちに、される側も覚えていくものだ。その一つを使っただけである。

 考えてみればけしからぬ二人ではある。


「さすがにはじめは嫌がっていたけれど」


 そしてシラは事細かに説明を始めた。力が抜けた少女をそのままこのソファに倒して、顔から次第に下に行って、首のスナップを外して云々。

 カラシュは次第に頭がくらくらしてくる自分に気付いていた。

 少なくとも自分達の時代にはそういうことはなかった筈である。

 いや、もしかしたらあったかもしれないが、少なくとも自分は無縁だった。彼女が皇帝のもとに嫁いだ時は処女だったのだから。

 カラシュは手をひらひらとさせながら、


「……もういいわ。それで寮舎の方は?」


 少々カラシュはカルチュアショックを受けていたようである。


「上級生が、入ったばかりの新入生を狙うんですよ。そしてそれを何とかしたい下級生は、とりあえず手近の友人とそういう仲になっておくんです。だけどだんだんそれは慣れという形で本気になっていってしまう。極端な話、卒業して、結婚してからも、その相手を恋しがる場合もあるようで」

「……そう」

「だけどそれは別に目くじら立てることではないと思いますよ」

「あら、なあぜ?」

「学校内の慣習としか思わない、何も考えない娘は、それこそ親の勧めのまま結婚すればそんなこと忘れるでしょう。そしてそれからも続く人は、そもそもそういう傾向があったと思いますが」


 それは相棒の受け売りである。そういう話を二人はよくそういう時にしていた。

 およそ色気の無い話だが、そういう不穏な話をするにはそういう時がうってつけなのである。


「なるほどねえ。では貴女は?」

「あたしですか?」


 そう、とカラシュはうなづく。


「まあたぶん、そもそもの方なんじゃないですか」


 シラはあっさりと言った。

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