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第103話 他人事な予想

「でもナギ、もしあなたの言うように、もう次の方が居ない、というなら、この先、どうなるのだろう?」


 それでもこの場所は、辺境の草原ではないから、ユカリは皇帝を示す言葉は濁す。


「さて」

「さてってナギ」

「そこまで私の責任がある訳ではないからな…… おっと、無責任だなんて言うなよ? 私はあくまで、巻き込まれているんだ」

「言わないよ」


 彼女の事情はよく判っている。極端な話、彼女が全てを放り出して何処かへ逃げてしまったとしても、責める筋合いはないのだ。

 今となっては彼も気づいていた。そんな人も居るのだ。

 例えば代々の皇后や夫人達。彼女達には、本人の意思はどうあれ、周囲の意志というものがあった。だから彼女達はそのままその立場を受け入れたし、また、それを受け入れる様な生き方をしてきたと言える。収まるべきところへ収まったと言っても間違いではない。

 だがナギの場合は異なっている。彼女はなりたくてそんなものになった訳ではない。そもそもそんなものになってしまったことに気づいていなかった。気づきたくもないのに気づかされた。

 しかしそれでいて、その立場を声高に主張する訳でもない。おそらくは、ナギは臨めば、皇太后の手で、皇宮に迎え入れられもするだろう。単に本人がそれが嫌だからしないだけで。

 そういう人も居るのだ。


「だからあくまでこれは他人事な予想だ。怒るなよ?」

「怒らないよ」

「すぐ掴みかかりそう勢いだったのに。あっさりと変わったな」

「誰のせいだと思っているの」


 彼女は腕と足を組み、ばぁか、と軽く言い放った。


「ま、戯れ言はいい。それに、シラさんからの手紙の方には、ちょっとばかりやっかいなことも書いてあった」

「やっかいな?」

「ご病気、だそうだ」

「誰が……」


 言いかけて、彼ははっとする。まさかあの方が。


「ったく見境がないな。あの方はそう簡単には病気にはならないさ。一度そうなってしまったからには、女の方が強い。問題は、女ではないんだ」

「女では、ない?」


 すると。


「まさか……」

「まさか、だけどな。元々、あの方もそれだから、私をわざわざ捜し出したりしたんだ。そんな動きはなかったのか? あの方の隠密なあなた方には」

「俺には、ない。でも他の人たちにはあったかもしれない」

「お互いの仕事のことは、知らないんだな」


 ああ、と彼はうなづく。それが当然なのだ。


「まあその辺りはいい。とにかく、時間が無い、ということなんだ。あの方が言うには」

「時間が―――」

「あなたから見て、かの方は、どういう方だった?」


 かの方、と皇帝のことをナギは示す。


「どうって――― 俺の前に出てくることなど滅多になかったから………… ああ、でも、何度か、庭園でお姿をお見かけしたな」

「その時は、どんな感じがした?」

「どんな感じって」


 彼は記憶を洗い出す。何度か。だけど何かいつも、その風景は曇り空の下だった様な気がする。


「俺は一応庭番の顔もある訳だから、お見かけしたとしても、それは庭園でしか無いんだけど」

「ああ、あそこの花は見事らしいな」

「見たことは無い?」

「先日初めて行ったばかりだ。しかも迎えの車が来て、後宮へ一直線だ。そんなもの見る暇は無かった」

「後宮か―――」


 そこまで聞いて、ふと彼は思いだしたことがあった。


「そう言えば、ちょっと聞いていいか? シラ嬢って……」


 彼はそこまで口にしてから言いごもる。一体どういう風に聞いたものなのか。


「何だ。言いかけるなど気持ちが良くない。ちゃんと最後まで言ってくれ」

「その、……俺の幼なじみの娘が、つまりは俺の同僚なんだけど…… 最近その、シラ嬢の世話役になっていたらしいんだが」

「何だと!?」


 ナギは勢いよく腰を浮かせていた。


「それは本当か?」

「本当だけど……」


 ユカリは驚いていた。ここまであからさまに反応するとは。自分がずっとこの件を忘れていたことを、彼は今更の様に後悔した。


「そのあなたの幼なじみは、何か言っていたのか?」

「いや、言っていたと言うか……」


 彼はやはり口ごもった。


「……あなたの友人には、同じ女性を、……その、どうこうする趣味があるのか?」

「……ああ」


 そんなことか、とナギは一拍遅れてうなづき、やがて明るい声を立てて笑い出した。


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