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第104話 頭のいい少女達は気づいてしまう

「笑うことはないだろう」


 ユカリは少しばかり怒った声になる。ナギはそれに気づくと、手をひらひらと振った。


「ああ、いや、すまない。笑うところではなかったな。……だがな、そんなに……」


 ふむ、と言いかけて、ナギは少しばかり考え込む。


「まあ、悪癖と言えば悪癖だな。ろくなものではない」

「ということは、そういうことがあるのは」

「あるんだよ。―――とあの方に言ったら、ひどく眉をひそめられてしまった」


 それはそうだろうな、と彼は思う。彼の生まれて育ってきた環境では、それは考えられないことだった。恋愛でなくとも、ただの身体の関係を持つことは考えられたが、それが同性であることは、考えもしなかった。


「だがそれが、あの方が後押ししてできた、女子中等学校の現在の姿だ」

「そういうものなのか?」

「まあな」


 そして彼はそれが自分の身に降りかかったことだったらどうしよう、と少し考えてみる。―――みたが、すぐにその考えを放棄した。いくら何でも、それは彼にとっては、ただただ気味悪いだけだった。

 ひどく渋い顔になってしまった彼を見て、ナギは笑った。


「心配するな。男子学生ではそういうことは、あまり聞かない」


 そして露骨に彼はほっとした顔になる。


「ま、裏でどうであるか、は知らないがな。ただ、女子学生の場合、多少単なる恋愛感情だ遊びだとは違う部分があってな」

「……というと?」


 冷静になれ、と自分自身につぶやきつつ、彼は訊ねる。


「彼女達は、それなりにしたたかだ」


 したたか。何となく想像がつかない。


「よほど頭が良くて後援者を持つとか、官費留学生でない限り、何だかんだ言って、あの学校に来るのは、かなりの家力がある少女だ」

「ナギは例外だろう?」

「ああ。私は一応頭もいいからな」


 ぬけぬけと、と彼は肩をすくめる。


「まあ実際、それであの学校の勉強についてこれるのなら、家の力がどうあれ、それなりに頭はいい。その頭のいい少女達は、まあ、気づいてしまうんだよ」

「何に?」

「ここを出たところで、何もそれは生かされることはない、ということだ。考えてみろ。一体何処に、そんな少女達がその学問を生かせる場所がある?」

「……各地の教師とか……」

「いや」


 ナギは首を横に振る。


「そんな力のある家が、わざわざ娘を働きになど出すと思うか? よほど考え方が自由な親でもない限り、そんなことはさせないだろう?」


 確かに、と彼は思う。ユカリも時々、帝都に入ることのできる様になった年頃の少女達を皇宮で見かけるが、その少女達は、そこに何をしにくるのか、予想がついた。


「帝都に入ることができる年頃になれば、結婚相手を決められて、卒業すれば、結婚してしまうことが多いな……」

「ナジャ姫の様に、二十歳を少し越えてからまで結婚しないまど、まれだ。ずいぶん昔のことだが、あの方も、その昔は、まだ成ったばかりの女子中等を途中で辞めさせられて後宮に入ったと言われている。結局はそんなものだ」

「知ってる。だからこそ、あの方はその後、少女のための教育を後押ししたんだ」

「まあそれはそうなんだが」

「違うのか?」

「違わない。間違ってはいないんだ。とにかく、苗床を作らないことには、何も始まらない。だからあの方が行ったことは正しい。正しいと思う。だが、あの方は、結局中に住まなくてはならない現在の少女達のことは、ご存じないんだ」


 彼は首を傾げる。


「まあ私に責任の一端があるかもしれないな」


 そんなことまるで考えてもいない様な口調で彼女は言う。


「結局あの学校の少女達の一番の望みは何だと思う?」

「何なの?」

「皇太子を生んで『皇后』になることさ」


 ちょっと待って、とユカリは声を立てる。ナギはそんな彼を見て、苦笑した。


「おかしいだろう? 皮肉じゃないか。あの方が、自分は学問を続けることができなくて、悔しくて自分と同じ様な少女にそんな思いをさせたくない、そう思って作った学校、整備し続けている制度、そんなものは、中に居る少女達が、結局は意味の無いものにしてるんだ」


 彼は何と言っていいのか判らなくなった。


「皇太子が生まれないから。だから自分にもまだそだその機会はある、と思っている子が殆どだ。官費留学生はその点真面目だな。故郷に帰って、自分のすべきことをしようとする。貧しいが後援のある少女は、その後援者のために、か何か、ともかく何かしら自分に技能を身につけようとする。まあそれだけでも、あの方のしたことは無駄ではないが………… だがそれでも、一番教育を受ける機会がある少女が、そうなんだ。皮肉だね」

「シラ嬢もそうなのか?」

「彼女は違う!」


 ナギは声を張り上げた。不意打ちを食らって、彼は驚く。


「彼女は違う。何せ、父親の事業を、いつか自分のものにそっくり抱え込んでやろう、なんて野望を持っているからな」

「だけどそんなことが」

「そこが、問題なんだ。男爵の跡目は、このままでは、庶子の少年の方へと回ってしまう。こればかりは、法律も何も、役には立たない。ただ敵に回るだけだ」


 そしてナギは、こう彼に問いかけた。


「何で、そうなると思う?」


 そう聞かれるとは、彼も思ってもみなかった。


「何で、って」

「何で、帝国では、女はそうなのだと思う?」

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