どうしてって。彼は困った。非常に、困った。それが当然だと思っていたことを唐突に問われると、非常に困るのだ。
これはナギの正体がどうとか、そういう問題とも違っているのだ。
「例えば、連合では、女性も政治に参加できる。それが法律で保証されている、と先日会った向こうのある財団の不肖の息子は私に教えてくれた」
「そんな無茶な」
「じゃあ、何でそう思う?」
「いや、だって、政治の世界にはそれなりの素養が必要じゃないか。我々の帝国では、女性の学校は、せいぜい高等専門学校までだろう? 大学校まで出ないことには……」
「では何で、女子にはそこまでなのだと、思う?」
「それは……」
「そう訊ねると、たいがいの男は言う。『女は馬鹿で、感情的だから、そんなことをさせてはいけないんだよ』どんなに優しくする男でも、そんな風に言ったね。私には」
その言った場所が何となく彼には想像できた。きっと彼女は、今よりはもう少し柔らかい口調を作って、だけどその視線はきっと冷ややかなまま、訊ねるのだろう。
「そして言うんだ。『君は綺麗だから、そんなこと考えなくてもいいんだ』」
―――非常にそれもよく想像ができた。
「言葉がどう変わっても同じだ。女を閉じこめておきたいのだろう。そしてそれは、家柄とか、資産とかが上がれば上がるだけ、露骨になる」
彼女はどうしようもない、という様に首を横に振った。
「そしてあの学校に居る、そういうところの少女達は、そうやって自分達が見られているのを知っている、気づいているから、考えがあってそうしているのか、無意識なのか知らないが、そう見られていることを最大限に利用しようとするんだ。まああきらめている少女も居るし、気づかない鈍感な少女も中には居るんだがね。そしてその少女達は、自分たちがこの学校に居る時ばかりは、自由だということに気づくんだ。時間限定の自由」
「時間限定の」
「予科の時は駄目だね。まだ寄宿舎も大部屋であるし。だけど本科に進級した時、それまでの六人部屋から二人部屋へと移ることができる。そしてそれから卒業までの三年が、彼女達の残されたわずかな自由の時間なんだ。ただ、その自由は、条件つきの自由だから、決してそれは壊されてはいけない」
「条件?」
「自分たちが、やがて家のための商品として、名家に売られていくということを彼女達は知っている。その過程で恋愛があるなんてことはまず無いだろうと知っている。だけど彼女達は、それなりに好奇心旺盛だ。何かしたい。だけど下手なことをしたら、たった三年の自由をもそこでつぶされてしまう」
「下手なこと」
「鈍感だな」
はっ、と彼はその時ようやく気づいた。
「まあ中には、男子の中等学校生や、高等専門の学生と出会ったりすることはあるさ。私やシラさんもよく喫茶室では視線を投げられる」
「そういうこともあるのか?」
「私達は似てないからな。お互いがお互いの姿を引き立てるんだよ」
「そんなに?」
「シラさんは、たっぷりとした焦げ茶の髪が柔らかに波打っているんだよ。それに瞳もそれと同じ色で、丸くてくりくりとしてとても可愛らしい。だがその中の性格ときたら」
くすくす、と彼女は笑う。その話し方から、彼女がよほどこの友人を愛しく思っているのも判るというものだった。
「だが下手に男とつき合って、深い仲になってみろ。自分がどれだけ気を付けても、下手なことになることはある。それが生まれる前からの運命とか何とかかき口説く男も居るようだがな、あいにく昨今の少女達は、そんな言葉、信じやしないんだ」
「それはそれで何か味気ないなあ」
「それでごまかされるのが嫌だ、ってことだ。別に甘い言葉が嫌いな訳じゃない。……ま、それで安全圏で、そういった関係を求めるんだ」
「安全圏」
同性のことを、そういうのか、と彼は何となく不思議に思った。
「何しろどんなことをしても、別に結果として出る訳じゃあない。となれば、ここに居る三年間、できるだけのことをしてみたい、というのは好奇心いっぱいの少女としては、結構あり得ることじゃあないか?」
にやり、と彼女はやや意地悪げに笑った。しかしまだユカリにはやや信じがたかった。
「それは、本当に…… その、男と女でするようなことをするのか?」
「似たことさ。男は女のそれだって、何だかんだ言ったところで、決して綺麗なものじゃあないだろう? どれだけ綺麗な言葉で飾ろうが、やることはそう変わるものではない。なあユカリ、見たことも無い相手と、いきなり会わされた夜にそんなことされるより、同性だろうが何だろうが、好意を持った相手とするほうが、よっぽど真っ当なことだと思うがね?」
そう言われると、彼には返す言葉が無かった。