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第107話 自動車が普及していない地方

「へえ……」


 思わずユカリはそう声にしていた。


「どうした? 思ったより小さな駅でびっくりしたか?」

「……まあ、正直言えば」


 実際そうだった。海南市は大陸横断鉄道の終着駅である。帝都から途中、梅香市・梨花といった二つの大きな駅をはさみ、一応この海南市も、青海に面した都市間鉄道のターミナルでもあるのだ。


「なのにこの大きさ」


 こぢんまりとしている。可愛らしい、と言ってもいい。赤い屋根は、三角に似ていたが、その手前で一度折れ曲がる形になっている。


「使用する目的は色々あるかもしれないが、何せ人の数が少ないからな、こうなってしまうのだろう」

「確かにこの間降りたあの駅よりは大きいけど」


 カバンを手に、駅舎の前で二人はそんな会話を広げていた。ナギは首を回したり足を曲げ伸ばしたりしていた。どうもずっと座りっぱなしだったことから、筋肉がこわばっているらしい。

 しかしそれでも、確かに大陸横断列車の駅だけあって、駅前はそれなりににぎわいがあった。駅舎から出てすぐに、車回しがあるだけでも、それは既に「都市」であったから。自動車が普及していない地方は未だに多いのだ。


「それで、今からどっちへ行くの?」


 ユカリは訊ねた。


「ちょっとばかり、知り合いの所へ寄りたい」

「知り合いって」

「知り合いだ」


 そして車を拾おう、と彼女は車回しの方へと進む。歩いて何処へでも行きそうだったのに、と彼は多少驚く。

 車は多くは無かったが、すぐにつかまった。


「清野の町の、エゼ屋は知ってます?」


 口調を改めて、ナギは運転手に問いかける。


「清野? あそこへ行くのかい? 学生の嬢さん」

「ええ、知り合いが居るので」

「……ならいいが」


 運転手の口調は決して勧められたものではない、と露骨に物語っていた。ナギはそれに気づかないふりをしているのか、角が丸くなった小さな窓から、外を眺めていた。


 わざわざ車を頼むくらいだから、遠いのか、とユカリは思ったのだが、運転手がもうここは清野の町だ、と言ったのは、駅を出てからそう時間は経っていなかった。

 それからひどくゆっくりと車は進み、やがて止まった。


「はいここがエゼ屋だよ。お嬢ちゃん、帰りはいいのかい?」

「心配ありがとう。でも知り合いが居るから。それにお兄さんも」

「ほほう。お兄さんここで変な気を起こすんじゃないよ?」


 運転手はそういうと、肩をすくめて彼らに代金を請求した。ナギが少し多めに払おうとすると、学生からもらう訳にはいかない、と言っただけの分しか手にしなかった。ありがとう、とナギはにっこりと笑った。

 車から出たユカリの目の前にあったのは、三階建ての店だった。木造のその建物には大きな、立派な入り口が開いているのだが、その奥は白い格子戸で見えない様になっている。


「立ち止まるなよ」


 ナギはぽん、と彼の背を叩いた。


「ナギ、これは……」

「ん? 店だ。エゼ屋と言ってな…… 私は二年ほどここに居たんだが……」


 彼はそれを聞いて眉をひそめた。


「いいのか?」

「いいさ。ここを離れて三年ほどだ。まだ大丈夫だ。この格好してるから若く見えるんだってことにできる」


 そういうものだろうか、と彼はやや疑問に思うのだが、本人がそういうのだから仕方が無い。ナギはさっさと扉に手をかけた。

 がらがらと音を立てて開いた扉の向こう側では、髪の毛が残りわずかな男がやや小さめの新聞を手に、煙草をふかしていた。だが扉が開いたとたん、それをばさりと閉じ、眼鏡を持ち上げた。そして入ってきた彼女の姿を認めると、また新聞を改めて開く。


「……何だね学生のお嬢さん、ここは女の子の来る店じゃないよ」

「ふうん。さすがにこの服の威力は大きいねえ」


 ナギは声を張り上げた。

 その声にはっとして、男は再び顔を上げた。そして今度は、眼鏡をしっかりと自分の顔に合わせ、逆光で見えにくかった少女の姿をとらえ直す。


「久しぶりだ、親爺どの」

「お前は……」


 何があったことか、と奥からやっぱり年輩の女があちこちに目隠しの様に掛けられた布を退けながら現れた。ずいぶん厚化粧だ、と彼女の後から入ってきたユカリは思う。おまけに派手な衣装だ、と。


「あら! もしかして、ナギちゃんかい?」

「久しぶりです、女将」

「あらあらあらあらあらあら」


 言いながら、女将と呼ばれた女性はすり足気味に近づいてくる。


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