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第4話 零夜達の新たな姿

 ジュライ平原の風は冷たく、草の先を揺らし、遠くでモンスターの咆哮が低く響き渡っていた。零夜たちはヤツフサの案内で平原の安全な一角へと移動し、木々の陰に身を寄せていた。ここなら襲撃の心配はない。

 木漏れ日が地面にまだらな影を落とし、零夜の胸には緊張と期待が交錯していた。仲間たちの顔にも同じ感情が浮かんでいるのが見て取れた。彼らは互いに視線を交わし、落ち着いて話を聞く準備を整える。風が一瞬強く吹き抜け、バングルの金属が冷たく手首に触れるのを感じながら、零夜は深呼吸した。


「さて、本題に入ろう。お前たちはタマズサ率いる悪鬼に襲われたそうだが、無事に生き延びたようだな」

「はい。俺がこのバングルを見せた途端、奴らは襲うのをやめて逃げていきました。でも、このバングルと新たな八犬士にどんな関係があるんですか?」


 ヤツフサの低い声に、零夜は手首のバングルを掲げて問う。金属が陽光に鈍く光り、その輝きに悪鬼の襲撃を思い出した彼の目は鋭さを帯びていた。あの時の混乱と恐怖が脳裏をよぎり、心臓がわずかに速く鼓動を打つ。

 倫子たちも同様の心情で同じ疑問を抱き、零夜の言葉に小さく頷いた。


「お前たちのバングルには、それぞれ色と文字が異なる珠が埋め込まれている。それについては知っているか?」

「ええ。お互いの自己紹介の時に確認したわ」


 アイリンが自身のバングルをヤツフサに見せ、すでに把握していることを告げた。零夜の珠は闇、倫子は水、日和は雷、アイリンは光。それぞれの色が彼らの個性を映しているようで、誰もが自分に与えられた役割をぼんやりと考えていた。ヤツフサは満足げに頷き、珠に秘められた物語を語り始めた。その声は重厚で、まるで古い伝説を紐解く賢者のようだった。


「一ヶ月前のことだ。タマズサに対抗するため、フセヒメが新たな八犬士を探し出し、珠に様々な力の念を込めた。その結果、珠はハルヴァスに五つ、地球に三つ飛ばされ、お前たち四人が八犬士の証を持つ者だと判明したのだ」

「バングルが今も手首に残ってるってことは、私達が八犬士の証拠なのね。私たちが地球へと転移したのも其の為だったのか……」


 ヤツフサの説明に、日和がバングルをじっと見つめ、納得したように呟いた。彼女の瞳には驚きと理解が混じり、地球からこの異世界へ飛ばされた理由がようやく繋がった瞬間だった。

 零夜もまた、自分の珠を見つめながら、運命の糸が絡み合う感覚に息を呑んだ。八犬士に選ばれたという事実は誇らしい反面、重圧でもあった。

 アイリンは静かに頷き、経験者としての落ち着きを見せていたが、倫子だけは眉を寄せ、不安げな影を瞳に宿していた。タマズサ軍との戦いを想像し、彼女の心はざわつき、膝の上で握った拳が小さく震えていた。


「どうしたんだ? 不安そうだが、何かあったのか?」


 ヤツフサが心配そうに倫子に視線を向けると、彼女は小さく頷き、ためらいがちに口を開いた。零夜たちも倫子の異変に気づき、彼女を気遣う目で見つめる。


「うん。ウチら、タマズサとの戦いに挑むんやけど、プロレス技しか使えへんねん。魔術も剣術もないし、どうやって戦えば良いのか……」


 倫子の声に不安が滲み、零夜と日和も顔を見合わせ、頷き合った。プロレス技だけでモンスターに立ち向かうのは無謀だという思いが三人を結びつけていた。

 零夜は自分の腕力を信じていたが、それだけで足りるのかという疑念が頭をよぎる。日和もまた、自分の身体能力に限界を感じ、内心で焦りを覚えていた。アイリンの経験に頼るにも限界があるが、ヤツフサは冷静に首を振った。


「その点なら心配はいらん。各自の珠を押せば、本来の姿に変身し、様々な能力を使えるようになる。ただし、衣装や武器は固定されていて、変更はできん設定だ。さあ、試してみてくれ」

「なるほど。やってみます!」


 ヤツフサの言葉に、零夜、倫子、日和が勢いよく頷き、バングルの珠に指を押し当てた。瞬間、眩い光が三人を包み込み、風が渦を巻いた。零夜は光の中で身体が軽くなる感覚を覚え、心が一気に高揚した。数秒で光が収まり、新たな姿が鮮やかに現れる。変身の衝撃に、仲間たちの息が一瞬止まった。


「凄く似合ってるじゃない! この姿の方があなたたちにピッタリかもね」

「そうだな。次はステータスの確認だ。もう一度珠を押せばウィンドウが現れ、お前たちのデータが見られる。確認してみろ」


 アイリンが手を叩いて笑い、零夜たちの変身を称賛する。ヤツフサも頷き、次の指示を出す。三人は興奮を抑えきれず、再び珠を押すと、目の前に半透明のウィンドウが浮かんだ。零夜は自分のデータを見て、胸が熱くなるのを感じた。


東零夜あずまれいや

レベル1

職業:忍者

武器:忍者刀2本、手裏剣、苦無、火薬玉

スキル:隠密行動、変化術  


「俺は忍者か。これならしっくりくるかもな!」


 零夜はデータを確認し、満足げに笑う。青い忍者服に軽い防具、額当て付きの鉢巻が風に揺れ、忍者刀の鞘が腰で鈍く光る。本物の忍者のような鋭い雰囲気が漂っていた。


有原日和ありはらひより

レベル1

職業:ハンター

武器:二丁拳銃、大剣

スキル:属性攻撃、ヒーリングソング、回復魔術  


「私はハンターだけど、カウガール風の衣装ね。この姿も悪くないかな?」


 日和はカウボーイハットをかぶり、へそ出しの白いチューブトップと開いたウエスタンベスト、青いダメージジーンズを身にまとっていた。二丁拳銃が腰に揺れ、大剣が背に輝く。穏やかな声に、ほのかな自信が滲む。

 だが、倫子だけは震えながら頬を赤らめていた。


「倫子さん、どうしたんですか?」


 零夜が心配そうに振り返ると、倫子の姿に思わず息を呑む。裸ロングオーバーオール――青緑系のデニム素材で、胸当てが横にも広がり胸は隠れているが、裸との組み合わせは強烈すぎた。


「オールラウンダーは良いけど……なんでウチが裸オーバーオールなん!?」


 倫子は両手でオーバーオールを掴み、恥ずかしさに声を震わせて叫ぶ。彼女のステータスがウィンドウに映し出される。


藍原倫子あいはらりんこ

レベル1

職業:オールラウンダー

武器:ウィザードグローブ

スキル:属性攻撃、ガードバリア、武器・モンスター召喚  


「オールラウンダーは上級職で、全ての武器や能力を使える可能性を秘めておる。だが、最初からその職に就くと代償が大きく、なぜか女は裸ロングオーバーオールになる設定だ」


 ヤツフサがため息交じりに説明すると、日和とアイリンは苦笑い。零夜は目を逸らしつつ、内心でドキドキを隠せなかった。上級職の力と引き換えに、この奇抜な衣装はまさに運命のいたずらだ。


「むぅ……せめて騎士の鎧とかだったら良かったのに……」


 倫子は頬を膨らませて不満を漏らし、アイリンと日和が慌てて彼女をなだめる。カッコいい姿を夢見ていただけに、このギャップに打ちのめされていた。だが、このオーバーオールに隠された秘密を、彼女はまだ知らない。


「ちなみに私のステータスはこれよ」


 アイリンが珠を押し、ウィンドウを呼び出す。彼女のデータが堂々と表示された。


|アイリン

レベル100(MAX)

職業:モンク

武器:拳

スキル:宝鑑定、索敵能力、属性攻撃、回復術、蘇生術  


「凄い! レベルがMAXなんて!」

「アイリンは経験者だから、ここまで来れたのね」

「大したことじゃないわよ。諦めずに頑張っただけなんだから……」


 倫子たちが目を丸くして驚く中、アイリンは照れ隠しにツンと横を向く。褒められて嬉しいのに、素直になれないツンデレな仕草が愛らしい。指摘すれば怒られるのは目に見えていた。


「ステータスも確認できたし、俺たちの衣装も決まりました。次はアイテムも収納できるのですか?」

「そうだ。このバングルはアイテムの収納も可能だ。試しに持っている鞄をバングルに当ててみろ」


 ヤツフサの指示に、零夜が鞄をバングルに押し当てる。瞬間、鞄が光の粒子に分解され、バングルの中に吸い込まれた。


「凄い! アイテムが粒子化してバングルの中に!」

「倫子、日和のバングルも同じだ。しかもお前たちが控室に持ってきている荷物も、全部バングルの中に入っているぞ」

「えーっと……どれどれ?」


 倫子と日和がウィンドウを操作し、アイテム一覧を覗き込む。私服、財布、スマホ――地球での必需品がすべて揃っていた。


「いつの間にウチ等のアイテムが!?」

「あのまま忘れたらどうなるかと思いました……」


 倫子は驚きを隠せず、日和は安堵の息をつく。後楽園に置き忘れていたら、二度と手に入らなかったかもしれない。


「私のアイテムは回復薬とか色々あるけど、食糧は底をついたからね……零夜たちも戦闘衣装に着替えたし、早くここから移動しないと!」


 アイリンの提案に全員が頷き、立ち上がる。遠くで草が揺れ、不穏な気配が漂う。いつまでもここに留まれば、悪鬼のモンスターに発見される危険がある。街へ向かう決意を固め、彼らは一歩を踏み出す。この出来事と同時に、零夜たちの冒険も始まりを告げられたのだった。

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