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第9話 初めてのギルド

 零夜たちは長い旅の末、ようやくクローバールに辿り着いた。足を止め、辺りを見回すと、そこは活気に満ちた街並みが広がっていた。人々で賑わい、商売も盛んなこの場所は、生命力に溢れている。

 西洋風のファンタジーを思わせる石造りの建物が連なる一方で、モンスターと肩を並べて暮らす住民や、金属の軋みとともに歩くロボットの姿まで見られる。さらにはコンビニ風の店や、派手な衣装のアイドルまでが存在し、一見すると地球と大差ない印象すら抱かせるほどだ。


「クローバールは地球と似てる部分もあるけど、この世界ならではのものもあるからね。ちなみに通貨はハルヴって呼ばれてるわ」  


 アイリンの説明に零夜たちが頷く中、倫子はオーバーオールの胸ポケットに手を伸ばし、財布を取り出した。彼女の「マジカルポケット」は、どんな大きな物でも楽々と収納できる便利なアイテムで、倫子のお気に入りだ。  


「じゃあ、ウチらの財布のお金もハルヴに変わってるんちゃう?」

「もしかして……」

「中を見てみますね!」  


 倫子の言葉に日和と零夜がハッと顔を見合わせ、それぞれ懐から財布を取り出して中を確認する。すると、そこには見慣れた紙幣や硬貨ではなく、ハルヴのお札と金貨がしっかりと収まっていた。  


「この世界に来た時点で変わってたのか……便利だな、本当に」  


 零夜は感心したように呟き、財布を素早くバングルの中に仕舞う。日和も同じようにバングルにしまい込むが、倫子は少し名残惜しそうに財布を胸ポケットへと丁寧に戻した。  


「ちなみに1ハルヴは1円よ。あなたたちの国の通貨と同じだからね」

「なるほど! それならお金の心配はないみたいやね。早速ギルドに行こか!」  


 アイリンの補足に倫子が安堵の表情を浮かべ、ギルドへ向かうことを提案する。零夜たちも異議なく頷き、一行はクローバールの中心にあるギルドへと足を進めた。 


 ※  


 ギルドに到着すると、そこには堂々とした西洋風の二階建ての建物がそびえていた。地域ごとに外観や所属する冒険者が異なるギルドだが、中には闇ギルドや奇抜なギルドも存在するこの世界ならではの特徴がある。  


「ギルドとしては普通だな。じゃあ、入るとするか」  


 零夜たちが建物の中へ足を踏み入れると、そこは多くの冒険者で賑わう喧騒に満ちていた。獣人族やエルフなど多様な種族が行き交い、内装は木と石で統一された西洋風の雰囲気だ。提灯型の電気ランプが天井から吊り下げられ、異世界らしい趣を漂わせている。  


「ここがギルドか……すごい賑やかやね……」

「ええ。じゃあ、受付に挨拶に行きましょう」  


 倫子と日和は驚きの表情で周囲を見渡す。地球では見られない種族やギルド独特の雰囲気に目を奪われていた。アイリンが一行を先導し始めると、冒険者たちが一斉に彼女へと視線を向けてきた。  


「お、おい! アイリンじゃねえか!?」

「行方不明って聞いてたけど、今ここにいるってことは……」

「無事に帰ってきたんですね!」  


 冒険者たちは驚きと喜びの声を上げ、アイリンの無事な姿に安心した様子で次々と近づいてくる。彼女が行方不明と聞いて心配していただけに、その安堵はひとしおだった。  


「行方不明になった時は心配したんだぞ!」

「みんな、ごめんね。心配かけちゃって」

「で、そっちの人たちは?」  


 冒険者たちがアイリンとの再会を喜ぶ中、一人の女性冒険者が零夜たちに目を留める。見慣れない顔ぶれに興味を引かれたようだ。  


「私が悪鬼のモンスターに追いかけ回された時、異世界から駆けつけてきた仲間よ」

「東零夜です。よろしくお願いします」

「藍原倫子! よろしくね」

「有原日和です」

「ヤツフサだ。アイリンたちのサポートをしている」  


 アイリンが一行を紹介すると、零夜たちが順に自己紹介を返す。冒険者たちも興味津々に声をかけ始めた。  


「忍者なんて初めて見たけど、似合ってるじゃねえか」

「大したことないですよ」

「裸オーバーオールとは斬新だな」

「本当はこんなん着たくないねんけど……」

「カウガールか! めっちゃ似合ってるぜ!」

「えへへ……ありがとうございます」  


 零夜たちは冒険者たちと和やかに会話を交わす。ヤツフサとアイリンはその様子を穏やかな笑みを浮かべて見守っていた。初対面での不安もあったが、どうやら杞憂に終わりそうで、内心安堵している。

 その時、受付に立つ女性がアイリンに気付き、小走りで駆け寄って抱きついてきた。三つ編みのポニーテールが揺れ、白のシャツに黒いベスト、スーツパンツという清楚な装いだ。  


「アイリンさん、無事で良かったぁ!」

「心配かけてごめんね、メリア」  


 メリアと呼ばれた女性は涙目で喜びを溢れさせ、アイリンは苦笑しながらその頭を優しく撫でる。  


「アイリン、知り合いか?」

「ええ。彼女はメリア、このギルドの受付嬢よ。私とは親友なの」  


 ヤツフサの問いにアイリンが答える。メリアとは古くからの付き合いで、アイリンが行方不明になった時はひどく落ち込んでいたらしい。今こうして再会できた喜びが、彼女の中で爆発しているのだ。

 するとメリアは零夜たちに気付き、慌ててアイリンから離れ、軽く一礼した。  


「すみませんでした。嬉しくてつい……」

「気にしないでください。それよりギルドに登録したいんですが……」

「はい! それじゃあ、みなさんのデータを取らせてもらいますね。少々お待ちを」  


 メリアは受付カウンターに戻り、手のひらサイズの機械を取り出した。バーコードリーダーに似ているが、これでデータを読み取るらしい。  


「では、このマジカルスキャンでデータを読み取ります!」  


 メリアがスイッチを押すと、零夜、倫子、日和のデータが壁に投影されたウィンドウに表示され、ギルド登録が完了した。  


「これでみなさんはギルドの一員です。これから一緒に頑張りましょう!」

「はい! よろしくお願いします!」  


 メリアの明るい笑顔に零夜たちが一礼で応え、周囲の冒険者たちは拍手で彼らを迎え入れてくれた。今後、彼らはギルドに所属し、タマズサ率いる魔王軍「悪鬼」と戦う日々が始まるのだ。  


「ギルド登録も済んだし、あとは私たちの家に帰るだけね」

「家? アイリンたちが住んでる家があるのか?」  


 アイリンが提案すると、零夜が疑問を口にするのも無理はない。  


「ええ。登録も終わったし、今日はゆっくり休みたいでしょ。今から案内するわ!」  


 アイリンは軽くウインクを決め、零夜たちを連れてギルドを後にした。道中、夕食の買い物をするため店に立ち寄り、その後はまっすぐ家へと向かった。  


 ※  


 アイリンの家はクローバールの中心から少し離れた静かな一角に佇んでいた。木造の二階建てで、屋根には猫型の風見鶏が乗っている。彼女が猫の獣人であることを反映した、どこか愛らしいデザインだ。  


「ここが私の家よ。ゴドムたちとここで暮らしていたし、四人の部屋があるわ」

「部屋があるのなら大丈夫だな。むしろ問題ない」  


 アイリンが少し照れくさそうに言うと、零夜が気楽に返す。家の中に入ると、暖炉が温かく揺らめくリビングには木製のテーブルが置かれ、壁には冒険の記念品が飾られている。  


「へぇ、ええ感じやね。落ち着くわ」

「そうですね、倫子さん。温かみがあって素敵です」

「まぁ、そこそこ住みやすいってだけよ。さ、荷物置いて楽にして」  


 倫子と日和が感心した声を上げる中、アイリンは素っ気なく返しつつも案内を続ける。零夜たちは荷物を下ろし、リビングのソファに腰を落ち着けた。  


「さて、夕飯はどうする? 買い物してきたけど、誰か料理できるかしら?」

「ウチ、料理は得意やで。任せてくれへん?」

「私も自炊はできます!」

「俺は小型フェンリルだから流石に無理だな……」  


 アイリンの問いに倫子と日和が手を挙げ、ヤツフサが苦笑いで応じる。小型フェンリルである彼にとって、料理はさすがに難しいだろう。

 零夜も少し考えた後、口を開いた。  


「俺も簡単なものなら作れますよ。皆で作りましょう!」

「なら、決定ね! そうと決まれば早速作りましょう!」  


 四人が厨房へと移動し始め、倫子たち女性陣はエプロンを身に着けて料理に取りかかる。

 倫子は慣れた手つきで野菜を切り分け、零夜が鍋に火をかける。日和は戦いで手に入れた鶏の丸焼きを温め直し、アイリンはオーブンでパンを焼き始めた。

 買い物で手に入れた肉や野菜、クエストで得た食材を駆使し、温かいスープ、グリル料理、鶏の丸焼き、そして焼きたてのパンが次々と完成した。  


「できたわ! まぁ、そこそこ美味しそうでしょ」

「皆で作ると美味しいからね。いただきます!」  


 アイリンが少し照れながら料理をテーブルに運び、日和が笑顔で箸を取る。一同が食事を始めると、部屋は笑い声と和やかな会話で満たされた。  


「このスープ、とても美味いな。倫子さん、すごいです」

「零夜君のグリルも美味しいみたいね。凄いじゃない!」  


 零夜と倫子が互いを褒め合う中、アイリンが少し拗ねたように呟く。  


「ふん、私だって頑張ればこれくらい……いや、まぁいいわ。美味しいから許す」

「アイリン、可愛いわね」

「なっ!? 日和、からかうんじゃないわよ!」  


 日和の無邪気な笑顔にアイリンが顔を赤らめ、一同が笑いに包まれる。長い旅の疲れを癒すような、穏やかで温かい時間が静かに流れていったのだった。  

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