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第10話 四人の誓い

 零夜たちは夕食を終え、片付けを済ませてリビングのソファに腰を下ろした。暖炉の火が小さく揺れ、木の焦げる匂いが漂う中、仲間との会話が穏やかに響き合う。この時間は単なる休息ではなく、彼らの絆を深め、戦いの意志を固めるための貴重なひとときだった。しかし、その静けさはどこか儚く、まるで嵐の前の静寂のように感じられた。


「そういや、この世界には俺たちの世界と同じ野菜や魚があるのか?」


 零夜が何気なく投げかけた質問に、アイリンがソファの端で膝を抱えながら答えた。彼女の声は柔らかだが、どこか遠くを見つめるような響きを帯びている。


「あるにはあるけど、大きさで名前が違うのよね。デカカボチャ、デカカブ、グレンサツマイモ、タケルカツオとか。他にもブラックラディッシュって黒いラディッシュや、ビッグトマト、ジャンボガキなんかもあって、地球にはない物も結構あるわ」

「なるほど……地球と違う物がこんなにあるんか。勉強になるなぁ」

「ええ。それにモンスターには専用の餌があって、今頃みんなで美味しく食べてるわよ」


 倫子が頷き、バングルを軽く叩いてウィンドウを呼び出す。薄い光のスクリーンに映し出されたのは、「ワンダーエデン」と呼ばれるフセヒメの創り出した世界で暮らすモンスターたちの姿だった。そこでは巨大な獣たちが角をぶつけ合うこともなく、餌を分け合って穏やかに食事をしている。零夜たちはその光景に目を細め、微かな安堵の笑みを浮かべた。


「彼らなら大丈夫そうですね。喧嘩するのかと思ったけど……」

「皆、ウチに忠誠を誓ってくれてるからね。仲良くして欲しいって願いが強かったのがきっかけかな?」


 日和と倫子が苦笑いを交わしつつ見守る中、零夜も小さく頷いた。だがその瞬間、アイリンの目から涙が一滴、また一滴とこぼれ落ち、ソファに小さな染みを作った。


「アイリン?」

「泣いているけど、大丈夫?」


 零夜と日和が慌てて彼女に近づき、肩に手を置いて慰めようとする。ソファの隅で丸まっていたヤツフサは、鋭い目を上げ、静かに状況を見つめた。毛並みが火の光に揺れ、彼の低い声が部屋に響き渡る。


「その様子だと、昔の仲間のことを思い出してるな」


 アイリンはコクリと頷き、腕で涙を拭うと、震える声でゆっくり話し始めた。


「ええ。前にも話したと思うけど、ゴドム、ベティ、メディの三人がいたの。あの頃はみんなでよく食事をしたわ。天井見上げて笑い合って、ご飯食べて……幸せだった」


 彼女の視線は虚空を彷徨い、遠い記憶の断片を拾い集めるようだった。

 あの頃、四人は力を合わせてレベルを上げ、未来を夢見ていた。だが、悪鬼の襲撃が全てを奪い去り、アイリンを孤独な復讐の道へと突き落とした。彼女の声が途切れると、リビングに重い沈黙が落ちる。


「悪鬼に不幸を押し付けられたのは言うまでもない。だが、零夜たちも同じように不幸を味わった仲間である事に間違いはない」


 ヤツフサが鋭い眼差しを零夜たちに向けると、彼らは静かに頷いた。もし悪鬼の軍勢が現れなければ、彼らの人生もまた別の形を保っていたかもしれない。


「ああ……俺たちもあいつらさえ来なけりゃ、大会が中止になることはなかった。でも、中止にならずに倫子さんたちの対戦相手が来てたら……あの変態行為の悪夢が現実になってたかもしれないからな……」


 零夜の声には悪鬼への憎しみが滲み、同時に別の恐怖が混じる。倫子と日和は顔を背け、額に冷や汗を浮かべた。大会中止は不幸だったが、それが別の意味で救いだったことを、彼らは内心認めざるを得なかった。


「あなたたちの世界にもややこしい事情があったのね……って、変態行為って誰よ!?」


 アイリンが冷や汗を流しながらツッコむのも無理はない。DBWには「ファンキーズ」という変態ユニットが存在し、その名は語るのも憚られるほどの奇行で知られていた。彼女の困惑した表情に、零夜たちは苦笑いを浮かべるしかない。


「まぁ、それは戦いが終わったら教えるから。けど、今はDBWが活動休止中だからね。ウチらの手でタマズサと悪鬼を倒して、団体の活動再開を実現させなあかん!」


 倫子が拳を握り、ソファから立ち上がる。彼女の瞳にはDBWへの深い愛が宿っていた。国鱒社長、仲間レスラー、そしてファンたち――その全てが彼女を支え、戦う理由となっていた。活動を止めた元凶を倒すため、彼女は自ら剣を取る覚悟を決めたのだ。


「私もファンの皆がやられるのを目の当たりにして、あの襲撃者を絶対許せません。みんなの無念を晴らすためにも頑張ります!」


 日和が涙をこぼし、拳を胸に押し当てる。ファンたちが傷つき、倒れる姿が脳裏に焼き付いて離れない。彼女はその悲しみと怒りを力に変え、戦う決意を新たにした。


「俺もタマズサと悪鬼に怒りを覚えてる。殺された者たちのためにも戦う覚悟はできてるし、これ以上好き勝手させないためにも、最後まで諦めない!」


 零夜が立ち上がり、鋭い視線を宙に投げる。彼の中には、殺された者たちの声が響き続けていた。その無念を晴らすため、どんな困難にも立ち向かう覚悟が彼を突き動かしていた。

 三人の決意を聞いたアイリンは涙を拭い、勢いよく立ち上がる。彼女の拳が小さく震えていた。


「私だってゴドムの仇を討つし、ベティとメディを助けなきゃいけない。これ以上仲間を失わないためにも、抗って戦い続けるわ!」


 アイリンの声は力強く、悪鬼への恨みがその言葉に宿っていた。囚われた仲間を救い、殺された仲間の魂を鎮めるため、彼女は強くなることを誓った。

 その様子を静かに見つめていたヤツフサは、小さなフェンリルの体を起こし、尻尾を軽く振る。


「見事な決意だな。だが、明日から強くなるにはレベルを上げる必要がある。長い道のりになるが、心してかかるように!」

「「「おう!」」」


 ヤツフサの言葉に、零夜たちは拳を高く掲げ、力強く応えた。決意の炎が彼らの胸に燃え上がり、どんな試練も乗り越える覚悟がそこにあった。


 ※


 決意を新たにした後、一行はソファに座り直し、緊張が解けた空気が部屋を包んだ。長い一日を振り返りつつ、夜が更けるにつれて疲れが重くのしかかってくる。


「さて、そろそろ休むか。明日から本格的に動くんだからな」


 ヤツフサがソファの隅で丸くなり、灰色の毛がふわりと揺れる。眠そうな声が小さく響き、彼の目が細まった。


「そうやね。今日はずっと動いてたし、疲れたわ……」

「倫子さん、今日は本当に大変でしたよね。私も眠くなってきました」


 倫子が欠伸をこらえ、日和が目を擦る。アイリンは少し拗ねた顔で立ち上がり、部屋の隅の棚から毛布を取り出した。


「ふん、まぁ疲れたなら仕方ないわね。毛布置いとくから、好きに使ってよ。私は先に部屋で寝るから」


 アイリンは毛布をソファに放り、リビングを出て二階へ向かう。彼女の軽い足音が階段を上り、遠ざかっていった。


「アイリン、気遣ってくれているのね。優しいわ」

「ああ、そうだな。俺たちもそろそろ休もうぜ」


 日和が微笑み、零夜が毛布を手に取る。倫子はソファに寝転がり、毛布を肩まで引き上げた。


「ほな、おやすみや。明日から頑張ろな」

「おやすみなさい、倫子さん。零夜君も」

「おやすみだ、倫子さん、日和さん。ヤツフサさんも」

「おう」


 零夜が二人に声をかけ、ヤツフサの頭を軽く撫でる。ヤツフサは小さく唸り、そのまま目を閉じた。

 暖炉の火がパチパチと鳴り、リビングは深い静寂に包まれた。外では夜風が木々を揺らし、クローバールの街に静かな夜が訪れる。だがその静けさの中にも、明日への決意と戦いの予感が漂っていた。後楽園の悲劇とハルヴァスでの初日が終わり、新たな試練が彼らを待ち受けていることを、誰もが感じていた。

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