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第13話 厄介者との戦い

「只今戻りました!」


 零夜たちはクエストを終え、誇らしげにギルドへと帰還した。受付のメリアに近づき、スライム三十匹を討伐した成果を報告する。見事クエストを成功した彼らの姿は、まさに冒険者の証だ。


「確認しました! まずはクエストクリア、おめでとうございます! 残りあと三つのクエストをクリアすれば、昇級試験が受けられますので頑張ってください!」


 メリアの明るい声に、倫子は報酬の三千ヴァルを手に取る。彼女はそれをオーバーオールの胸ポケットにサッとしまい込んだ。そのポケットはまるで無限の収納力を誇る魔法の道具のようで、チームの金管理は自然と彼女の役割になっていた。


「残りあと三つか……色々大変だけど、精一杯頑張らないとね」

「ああ。少なくともタマズサを倒すのが最終目標だ。今はゆっくり休んでくれ」

「そうさせてもらいます」


 疲れを癒そうとテーブルへ向かおうとしたその瞬間――ドスンと重低音が響き、巨大な影が零夜たちの前に立ち塞がった。大柄な男が現れ、鋭い視線で一行を見下ろす。

 空気が一瞬で張り詰める中、倫子と日和は即座に身構え、ヤツフサは毛を逆立てて低く唸る。アイリンは耳をピクリと動かし、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「ほう。兄ちゃん、いい女を持っているじゃねーか」

「? 何の用だ?」

「ふんっ」


 零夜は男と目を合わせ、拳を握り締めて一歩踏み出す。アイリンはそっぽを向くが、チラリと零夜を気にする仕草がツンデレらしい。ギルド内の空気がピリピリと緊張に包まれる。


「男一人に後は女とはいい組み合わせだからな。折角だから俺にくれよ」

「断る。誰がお前なんかに渡すかよ」


 零夜は倫子たちを庇うように前に出て、男を睨みつける。男が再び行く手を塞ぐと、アイリンの我慢が限界に達した。彼女の尻尾がピンと立ち、苛立ちが爆発する。


「あんた、邪魔なんだけど」


 その瞬間、ギルド内にいた冒険者の一人が叫んだ。声は震え、場が一気に騒然となる。


「あっ! こいつ厄介者のジェルグだ! いつも俺達のギルドに突っ込んでくるんだよ!」

「ええっ!? このゴロツキが!?」


 冒険者の叫びに零夜は一瞬呆然とし、倫子と日和も目を丸くする。ヤツフサは牙を剥いて威嚇し、アイリンは鋭い声で反応する。そこへメリアがカウンターから飛び出し、真剣な顔で事情を説明し始めた。


「この方はアイリンさんがいなくなってから、私達のギルドに絡んでくるんです。本当に困った方で警備隊に相談しようとしていたのですが、脅されてできなかったのです……」


 メリアはそう言うと、深いため息をつきながら顔を伏せる。アイリンは耳をピクピク動かし、怒りを抑えきれずジェルグに牙を剥いた。事実を聞いた以上は放っておけず、この厄介者を倒そうと考えている。


「アンタね。私がいない間に好き勝手してくれるとは、いい度胸ね。けど、その好き勝手もここまでなんだから!」

「ほーう。俺様に楯突くとは度胸があるな。なら、すぐに外に出て戦おうじゃねえか! プロレスでな!」

「プロレス? なんだそりゃ?」

「俺に言われてもな……」


 アイリンの挑戦的な言葉に、ジェルグはドスの効いた声でプロレス勝負を提案してきた。ギルド内が聞き慣れない言葉にざわつき、困惑が広がる。


「プロレス? 何!? わけわかんないこと言わないでよ!」


 アイリンは毒舌を吐きつつも、内心少し興味津々。しかしその経験はあまり無いので、どう戦えたら良いのか心の中では不安になってしまう。

 すると彼女はそのまま零夜に近づき、彼を前に押し出しながら宣言してきた。


「それなら適任者がいるわよ。ま、まあ、私がやるわけじゃないからね!」

「な!? 俺!?」


 アイリンは頬を赤らめて言い訳し、そそくさと離れる。プロレスなら経験者を出せば、上手く勝てると考えているだろう。

 零夜は突然の展開に目を丸くするが、すぐにニヤリと笑って戦闘モードにスイッチを切り替えた。相手が誰であろうとも、仲間を傷つけるのなら黙ってはいられないだろう。


「お前が相手か。コテンパンにしてやるぜ」

「後悔するのはアンタの方だ。で、リングはどうするつもりだ?」

「それなら用意してある! 付いて来い!」


 ジェルグは自信満々に吠え、零夜たちを外へと案内する。メリアたちが慌てて後を追い、ヤツフサも小走りで続く。


 ※


「これが戦いの舞台となるリングだ!」

「すげぇ!」


 外に出た零夜たちの前に現れたのは、巨大なプロレスのリング。ロープが張られ、四角い戦場が異様な存在感を放つ。周囲の冒険者たちがどよめき、興奮が渦巻く。

 ギルドの外はすでに野次馬で溢れかえっていて、ざわつきが大きいのも当然である。


(まさかこの世界でプロレスをするとはな……悪くないぜ!)


 リングを見た零夜は迷わず戦いの場へ向かい、ロープを掴んで高くジャンプ。華麗な回転を加え、一気にリング中央に着地する。観客が息を呑むほどの完璧なリングインだ。


「「「おおーっ!」」」

「ふ、ふんっ! まあまあね!」


 観客が拍手喝采する中、アイリンは褒めつつも素直になれない。本当は凄いと感じているのだが、S級としてのプライドがある限り、素直になる気持ちは難しいだろう。

 一方の倫子と日和はニッコリと微笑み、仲間たちの絆を感じている。零夜なら絶対にジェルグを倒せると。


「やるじゃねえか。あんなリングインを見るのは初めてだぜ」


 ジェルグはニヤリと笑い、ドスドスと重い足音を響かせてリングに上がる。余裕の表情を浮かべ、零夜を見据える。まるで獲物を仕留める猛獣のような眼光だ。


(こんな奴に俺が負けるかよ)


 零夜が心の中で吼えた瞬間――試合開始のゴングが鳴り響いた。 ジェルグが野獣の如く突進してきたその時、零夜は一瞬の隙を見逃さず、高く跳躍。 空中で体を捻り、渾身のスピンキックをジェルグの顔面に叩き込む。


「がっ!」


 顔を押さえてよろめくジェルグに、零夜は容赦なく追撃を仕掛ける。倒れた巨体を素早くうつ伏せにし、両足をガッチリ脇に挟み込む。そしてステップオーバーで体を跨ぎ、背中を反らせて締め上げる。


「あっ! あれはプロレスの基本技ね!」

「零夜君は取得力が早いからね」

「へえ、意外とやるじゃない」


 倫子と日和が技を見抜き、アイリンは少し感心した様子。零夜はプロレスの練習に積極的に参加していて、多くの技を取得している。其の為、基本技に関しては既に完全取得を果たしているのだ。

 零夜の逆エビ固めが炸裂し、ジェルグの身体に激痛が走る。この状態では負けてしまうのも時間の問題。


「ぐわああああ!!」


 ジェルグは激痛に絶叫し、リングマットを叩いてタップアウト。 腰を押さえながら転がり、リングから転落する。

 決着は驚異の6秒。観客が一瞬静まり返り、次の瞬間、大歓声が爆発した。零夜はリングの外に転がるジェルグを見下ろし、真剣な表情で言葉を投げる。


「そんな技で早くやられるなんて、プロレスラーを名乗る資格はないんだよ!」

「「「零夜! 零夜!」」」


 正論を浴びせられたジェルグはうなだれ、反論すらできず。相手を甘く見ただけでなく、自身のプロレスによるプライドが打ち砕かれてしまったのは当然である。

 観客が零夜コールを大合唱する中、彼はリングを降りる。倫子たちが一斉に彼の元に駆け寄り、周囲は拍手と歓声で迎えている。


「凄いじゃない! あのジェルグを倒すなんて!」

「プロレスなら日々訓練したからな。この程度で俺は倒れないぜ!」

「ま、まあ頑張ったんだから褒めてあげるわよ!」


 アイリンは零夜の手を取ってツンデレ全開。素直に祝福するのは何時になるのが気になるだろう。

 零夜は笑顔で応え、倫子と日和も笑い合う。ヤツフサは小さく吠えて喜んだ。


「ありがとうございます! ギルドの厄介者を倒してくれて!」

「いえいえ、大した事無いですよ。それよりもジェルグはどうなるのでしょうか?」

「彼に関しては警備隊に通報しておきましたので、あの様な悪さは二度とできない様になります。せいぜい強制労働の刑に処されるでしょうね……」


 メリアは笑顔で答えたが、途中で不気味な笑みを浮かべ、零夜たちは思わず後ずさった。彼女の背中には悪魔のオーラが宿っていて、完全にジェルグに対して怒っているだろう。


「メリアさんって、こんな一面もあるのか?」

「ええ。ゴドムがメリアにセクハラをしようとした際、彼は殴り飛ばされてお星様になったからね……」

(((マジか……)))


 アイリンの説明に、零夜たちは冷や汗を流す。普段優しそうなメリアだが、怒らせると恐ろしい一面があることを全員が思い知った。

 その後、ジェルグは警備隊に連行され、強制労働の刑に処された。あの一件以来、彼が零夜たちやギルドに絡むことは二度となかった。

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