厄介者を倒してから1時間後、零夜街の仲間たちは昼食休憩を終え、再びフルーダス平原へと足を踏み入れていた。風が草を揺らし、遠くの木々がざわめく中、次のクエストである薬草採取のためにこの場所を選んだのだ。空は青く澄み渡り、太陽が彼らの背中を暖かく照らしている。
「姐さん! こっちにありますぜ!」
倫子はゴブリンのアドバイスを受けながら、素早く薬草を見つけ、次々と籠に放り込んでいた。
小柄で緑色の肌をしたゴブリンたちは、彼女の周りを忙しく動き回り、まるで忠実な子分のように振る舞っている。ちなみに、彼らは倫子のことを「姐さん」と呼び、心から慕っていた。彼女のために尽くすことを決意したその姿勢は、見ていて微笑ましいほどだ。
「ありがとう。それにしても薬草採取が得意なんて意外やね」
「大した事ありやせん。俺達ゴブリン族は薬草採取を得意としているので。他の奴等もアドバイスしながら手伝っていますぜ」
ゴブリンが得意げに胸を張り、細い指で別の方向を指さす。見ると、他のゴブリンたちも零夜や日和の周りで小さな声で指示を出しながら、手際よく薬草を摘んでいた。彼らのサポートのおかげで、作業は驚くほどスムーズに進んでいる。この調子なら予定より早く終わるかもしれないと、零夜は内心でほっとしていた。
「薬草採取は問題なく回収完了っと。倫子がゴブリンを捕まえてくれたお陰で、楽に進めるわ」
アイリンはそう言いながら、猫のような尖った耳をピクピク動かし、尻尾を軽く振った。薬草が全て籠に収まったのを見て内心では満足していたが、ツンデレらしい態度をしながら倫子にチラリと視線を投げる。
彼女がゴブリンを捕まえて味方に引き入れたことがなければ、薬草採取はもっと手こずっていたかもしれない。その事実は認めざるを得ないが、素直に褒める気にはなれないらしい。
「大した事ないんやけどね。それよりもウチ等のレベル、上がったんやない? スライムにボスゴブリンを倒したんだし」
「言われてみればそうかも知れませんね。えーっと、レベルの状態は……」
倫子がこれまでの戦いの成果を振り返り、自らの成長を実感していると、日和と零夜もハッと気付いたように顔を見合わせる。三人はすぐにステータスを確認しようと、それぞれのウインドウを召喚した。半透明の光の画面が目の前に浮かび上がり、彼らの現在の力が数字と文字で示される。
レベル8
職業:忍者
武器:忍者刀2本、手裏剣、苦無、火薬玉
スキル:隠密行動、変化術、属性忍法
レベル8
職業:ハンター
武器:二丁拳銃、大剣
スキル:属性攻撃、ヒーリングソング、回復魔術、裁縫
レベル8
職業:オールラウンダー
武器:ウィザードグローブ
スキル一覧:属性攻撃、ガードバリア、武器・モンスター召喚、料理
「レベル8。大分成長したみたいだけど、まだまだみたいね。これじゃタマズサの軍勢に立ち向かうなんて夢のまた夢じゃない」
アイリンは3人のレベルを一瞥し、不満げに鼻を鳴らした。尻尾がパタパタと揺れながら毒づいている様子だ。
確かにレベル8は大きな進歩だが、強大な敵を相手にするにはまだ不足している。最低でもレベル10を超えないと厳しいだろう。地道にクエストをこなして力をつけるしかないが、何か大きな出来事でも起きない限り、このペースが続くだけだ。
「少なくとも俺達は更に強くなければならない。今のままではやられてしまう可能性もあり得るだろう……」
「そうだな。いずれにしても強くならなければ……」
零夜は俯き、拳を握りながら決意を新たにしていた。その隣ではヤツフサが鋭い目つきで低く唸り、同意を示す。小さな体に似合わぬ気迫が溢れ、灰色の毛並みが風にそよぐ姿は頼もしい。
倫子と日和もその言葉に頷きかけたその時、遠くから騒がしい音が聞こえてきた。草木のざわめきを突き破るような叫び声と金属音。恐らく何か事件が起きているのだろう。
「何の音かしら?」
「南方向から聞こえたみたいね。薬草については回収済となっているし、すぐに騒ぎの起きた場所に向かいましょう!」
倫子が首をかしげる中、アイリンは耳を立てて音の方向を正確に捉えると、ツンとした口調で言い放つ。猫の獣人らしい鋭い感覚で状況を把握した彼女は、さっさと動き出し、「置いてくわよ!」とでも言いたげに振り返る。零夜達は慌ててその後を追い、平原を駆け抜け始めた。
※
崖の上に辿り着いた零夜達は、眼下に広がる騒ぎの現場を見下ろした。そこでは商人が10人ほどの男たちに囲まれ、荷車の陰でガタガタと震えている。粗末な鎧を身に纏い、剣や棍棒を手に持つ男たちは盗賊そのものだ。
商人には護衛がいたはずだが、すでに逃げ出したのか、その姿はどこにも見当たらない。孤立無援の危機に陥るのも無理はない。
「騒ぎの元凶はあれだったのね。こうなると見過ごせないわ!」
「よし! ここは俺達の手で倒しに行くぞ!」
零夜の合図とともに、彼らは崖から飛び降り、地面に軽やかに着地した。風を切り裂く勢いで盗賊達の前に立ち塞がり、それぞれ武器を構えて戦闘態勢に入る。鋭い眼光で敵を睨みつける姿に、盗賊たちは一瞬たじろいだ。
「何者だお前等!」
「俺達はアンタ等を始末しに来た。恨むのなら……自分の愚かさを恨みな!」
零夜は忍者刀を両手に召喚し、瞬時に盗賊へと襲い掛かった。素早い斬撃が空を切り、アクロバティックな動きで敵の攻撃をかわしながら、次々と相手を倒していく。その動きはまるで影のように捉えどころがない。
「私も負けられないわ! あんた達なんか私の相手にもならないんだから!」
アイリンも負けじと飛び出し、猫の獣人らしい身軽さで盗賊達に迫る。鋭い爪を振り下ろし、敵を次々と切り裂いて倒していく。彼女にとってこの程度の敵は朝飯前で、その実力差を存分に見せつける戦いぶりだ。
二人の活躍で盗賊の半数が瞬く間に倒され、残りは冷や汗を流して後ずさるしかなかった。
「ゴブリン達、攻撃開始!」
「お任せください!」
倫子の鋭い指示が飛ぶと、ゴブリン達が一斉に動き出す。小さな手でナイフを投げつけ、残りの盗賊達の足に次々と命中させた。刺さったナイフから痺れが広がり、彼らは悲鳴を上げてその場に倒れ込む。体を震わせ、痙攣する姿はしばらく立ち上がれそうにない。
「今のナイフは痺れナイフだ。こいつを喰らえば1日ぐらいは痺れが続くからな」
ゴブリンの一人が得意げにナイフを引き抜くと、日和が素早く近づき、傷口にヒーリングを施して血を止めた。
盗賊達は全て倒れ、ゴブリンたちによって縄で縛り上げられる。戦闘はあっという間に終わり、辺りは再び静けさに包まれた。
「ありがとうございます。私は荷物を運んでいる最中ですが、盗賊団である彼等に襲われていました」
「無事で何よりですが、彼等はいったい何者なのでしょうか?」
商人から感謝の言葉を受け、零夜は苦笑いを浮かべつつ質問を投げかける。すると、縛られた盗賊達を見たアイリンが猫耳をピクリと動かし、何かを思い出したように口を開いた。
「メリアから聞いたけど、私達がいない間に盗賊団のマハルダが動き出したと言っていたわ」
「ええ。その彼等こそマハルダです。護衛は分が悪いのか逃げてしまい、私は一気にピンチとなって今に至ったのです」
アイリンの推測に商人が頷き、これまでの経緯を簡潔に語り終えた。それを聞いた零夜は真剣な表情で拳を握り、マハルダの悪行と護衛の無責任さに怒りを覚えた。
「マハルダの悪行はともかく、護衛達にも責任があると思う。俺はあいつ等を絶対に許さないぜ!」
「同感だ。まずは襲い掛かった盗賊達にはお礼参りをする必要がある。本来ならクエスト外だが、話を聞いたとなれば……黙ってはいられないからな」
零夜の怒りにヤツフサも賛同し、小型フェンリルらしい鋭い牙を剥いて唸る。二人はそのままマハルダのアジトへと向かう決意を固め、動き出した。その無謀な行動に、アイリン達は目を丸くする。
「零夜君、ヤツフサさん。本当にやるの!? 相手は手強い奴等ばかりだよ!」
倫子が心配そうに声を掛けるが、二人は静かに頷く。盗賊の行為が許せない以上、これ以上の被害を防ぐためにも動くしかないと判断したのだ。
「ええ。手強いかもしれませんが、俺達は必ず戻ってきますので」
「倫子達は商人の事を頼むぞ!」
「まったく……あいつら、ほんと無謀なんだから」
零夜とヤツフサは決意を胸にアジトへと向かい、その背中を見送ったアイリンは尻尾を振ってため息をつくりしかし彼らの覚悟に少しだけ心を動かされていて、自分も動かなければならないと決意を新たにする。
「仕方がないわね。日和はすぐに増援の手配を! 倫子は商人を安全な場所へ連れてって!」
「分かったけど、アイリンは?」
「私はあの二人のサポートに向かうわ。私がしっかりしないと駄目かも知れないからね!」
アイリンは猫のような身軽さで二人の後を追い、倫子と日和もそれぞれの役割を果たすべく動き出した。
こうして、マハルダ壊滅作戦が静かに幕を開けたのだった。