零夜とヤツフサは、盗賊団「マハルダ」のアジト前にたどり着いていた。そこは薄暗い洞穴の入り口で、二人の見張りが鋭い眼光で辺りを監視している。簡単には侵入を許さない雰囲気が漂っていた。風が木々を揺らし、不気味なざわめきが二人を包む。
「見張りは二人だな。なら……こいつを使うとするか!」
零夜は懐から白い火薬玉を取り出すと、迷わずアジトの入り口前に投げ飛ばした。火薬玉が地面に落ちた瞬間、小さな爆発音とともに白い煙が広がり、周囲を覆い尽くす。見張りたちは目を見開き、涙を流しながら混乱に陥った。煙の中、彼らのシルエットが歪んで見える。
「ゲホッ! ゴホッ! なんだこの爆弾は!」
「前が見えない……どうなっているんだ……」
咳き込みながら辺りを見回す見張りたち。その隙を逃さず、零夜が素早く飛び出した。忍者刀を手に持つ彼は、一閃で二人を切り裂く。刃が空気を切り裂く音が響き、見張りたちは仰向けに倒れ、身体が金貨となって地面に散らばった。金貨が地面に跳ねる音が、静寂の中で不気味に響く。
「後は中にいる奴等を倒すだけです」
「ああ。数については俺が調べてみるとしよう」
ヤツフサは鋭い嗅覚と索敵能力を駆使し、アジト内部の様子を探る。数分後、彼は状況を把握し、零夜に冷静に報告した。だが、その声には微かな緊張が混じる。
「盗賊達は三名が中にいるが、リザードマンも三匹いる事が確認された」
「リザードマンとなると、倫子さんのマジカルハートが必要となるな……迂闊に攻撃したら怒られるし」
報告を聞き、零夜が真剣な表情で考え込んでいると、そこへアイリンが駆けつけてきた。彼女はふんと鼻を鳴らしつつ、二人を軽くポンと叩く。息を切らせた彼女の額には汗が光り、急いで来たことが伺える。
「アイリン! その様子だと駆けつけに来たのか!」
「ええ。私がしっかりしないといけないからね。ったく、二人だけで無茶するんじゃないわよ。別に心配したわけじゃないんだから!」
「「すいません……」」
アイリンはぶっきらぼうに言いながらも、二人の無謀な行動を咎める。零夜とヤツフサは申し訳なさそうに首を垂れるしかなかった。だが、その場の空気が一瞬和らいだのも束の間だった。
「倫子と日和もそれぞれの役目に取り掛かった後、すぐに駆けつけるわ」
「そうか。こちらからはこの様になっている」
ヤツフサがアジトの状況を正確に伝え始めると、アイリンは耳をピクピク動かし、真剣に耳を傾けた。彼女の鋭い目が洞穴の闇を見つめる。
「なるほどね。まずは盗賊達を倒す事に専念し、リザードマンは倫子が来てから対処しましょう」
「分かった。まずは盗賊達をどう倒すかだな」
「まぁ、私の提案なんだから当然よね」
零夜がアイリンの説明に頷きながら賛同すると、彼女は少し得意げに胸を張った。しかし、洞穴に突入すれば罠に嵌る危険があり、外で待ち伏せても盗賊が出てこない可能性が高い状況だ。風向きが変わり、洞穴からかすかに硫黄の匂いが漂ってくる。
「よし! それなら私に任せて! いい策略があるから!」
「策略?」
「何をする気だ?」
「ふん、私を疑うわけ? いいから見てなさいよ!」
アイリンが懐からアラビア風の笛を取り出し、猫らしい軽快な動きで演奏を始めた。澄んだ音色が洞穴内に響き渡る。音が反響し、不思議な旋律が森全体に広がっていく。
(アイリンって、中華系の出身ですよね? なんでアラビアの笛で演奏するのですか?)
(俺に言われても分かる筈がないが……)
零夜とヤツフサが小声で囁き合う中、笛の音に引き寄せられ、アジトから何かが姿を現した。地面が微かに震え、低い唸り声が聞こえてくる。
「来たぞ! 早速戦闘……!?」
「バカな! リザードマンだと!?」
「ちょっと待って!?」
現れたのは盗賊ではなく、三匹のリザードマンだった。予想外の展開に零夜とヤツフサが驚き、アイリンは慌てて笛を止める。作戦が裏目に出て一行はピンチに陥ってしまった。リザードマンの鱗が月光に反射し、鋭い爪が不気味に光る。
本来なら盗賊たちが出てくる筈なのに、まさかのリザードマンとは想定外。しかも攻撃して倒してしまったら、倫子が怒るだけでなく、悪鬼との今後の戦いにも影響が走るだろう。
「嘘でしょ!? こんな展開あり得ないわよ! なんでリザードマンが出てくるのよ!」
「俺だって予想外だけど、ここは戦うしかない!」
「私がミスったわけじゃないんだからね! これくらい想定内よ!」
アイリンが強がりつつも耳がピクピク震え、零夜は冷や汗を流しながら戦闘態勢に入ろうとする。二人が勢いよく飛び出そうとしたその時、リザードマンが一歩踏み出し、地面に亀裂が走る。
「そうはさせない! マジカルハート!」
「!? その声は!」
突然の声にアイリンが振り向くと、商人の護衛のはずの倫子が現れていた。彼女が放ったマジカルハートの光がリザードマンに浴びせられ、彼らの動きがピタリと止まる。光が洞穴の闇を切り裂き、一瞬にして状況を掌握した。
「倫子! 商人の護衛を頼まれていた筈じゃ……」
「その事だけど、他の冒険者が引き受けてくれたの。お陰で早く駆け付ける事ができたからね」
「ふ、ふーん、まぁ助かっただけ感謝してあげるわ」
倫子の説明にアイリンは照れ隠しにそっぽを向き、零夜は安堵のため息をついた。倫子がいなければリザードマンとの戦闘は避けられず、倒してしまうのも当然である。
すると、マジカルハートを受けたリザードマンが倫子の前で跪いた。鱗が柔らかな光を放ち、敵意が消えていく。
「姐さん。我々はあなたの矛となって戦います。今後ともお願い致します!」
「うん。宜しくね」
リザードマンたちはスピリットに変化し、倫子のバングルに収まった。これでリザードマンは解決し、残るは盗賊だけだ。だが、洞穴の中から慌ただしい足音が近づいてくる。
「そろそろ彼等が来る頃やね。リザードマンが外に出た事で、パニックになっているし」
倫子が洞穴に目を向けると、三人の盗賊が慌てて飛び出してきた。零夜たち三人はお互い頷いた後、一斉に彼らへと襲い掛かる。盗賊たちの目には恐怖が浮かび、武器を持つ手が震えている。
「お前らが来るとはドンピシャだ。これでも喰らえ!」
「がっ!」
「そこ!」
「ぐっ!」
「キャットクロー!」
「ごっ!」
零夜の空中回し蹴り、倫子の側頭部へのハイキック、アイリンの猫の爪の引っ掻きを受けた盗賊たちは戦闘不能に。すると日和が十人以上の冒険者を連れて現れ、手を振って呼びかけた。彼女の後ろには、武装した冒険者たちがずらりと並ぶ。
「倫子さん! 冒険者の皆を連れてきました!」
「でかしたわ、日和! こっちも終わったわよ!(まぁ、日和にしては上出来じゃない)」
アイリンは指を鳴らしつつ日和の行動を褒め、冒険者たちが盗賊を縛り上げる。こうしてマハルダは壊滅してしまい、戦いは無事に終わった。盗賊たちの呻き声が森に響き、静寂が戻ってくる。
「やるじゃねえか! マハルダのアジトを見つけ、盗賊団まで壊滅するなんて!」
「大した事無いけどな。取り敢えずは無事に戦い終えただけでも良いとするか!」
冒険者に褒められた零夜は照れ笑いを浮かべ、倫子たちも微笑み合う。警備隊が盗賊を連行し、事件は解決へと向かった。夕陽が森を赤く染め、勝利の余韻が一行を包む。
「じゃあ、俺達は帰るとするか!」
「そうね。この事をギルドに伝えておかないと!」
「早く帰って夕食の準備もしないとね」
「そうと決まれば急ぎましょう! ヤツフサは仕方ないから私が抱いてあげるわよ!」
(行動力が早いのは良い事だが、抱かれるのは勘弁して欲しいな……)
任務を終えた一行は、クローバールのギルドへ向かって走り出す。アイリンはヤツフサを抱きしめながら走るが、彼は小さな唸り声で嫌がっていた。遠くで鳥のさえずりが響き、平和な時間が流れ始める。
※
とある林の中、四人の男女が一人の戦闘員に倒され、光の粒となって消えた。彼らは商人の護衛を担当していたが、盗賊の襲撃で逃げ出し、最後に殺されたのだ。木々の間を吹き抜ける風が、血の匂いを運んでいく。
「任務完了」
戦闘員マキシはバングルを起動し、通信を開始。画面には初老の男性が映る。その顔には冷徹な笑みが浮かんでいた。
「バンドー様。マキシです。護衛を放ったらかしにした者達の始末ですが、四人共始末に成功しました」
『うむ。ご苦労だ。取り敢えず今日のところは帰還してくれ』
「かしこまりました」
通信を終えたマキシは森の奥へと去る。背後で倒れた者たちの光の粒が消え、静寂が訪れる。
「八犬士が盗賊団を壊滅したとは驚いたが、彼等が我々にどう立ち向かうかですね……」
マキシは笑いながら消えていった。零夜たちとの戦いを楽しみにしながら、彼の足音が闇に溶けていく。遠くで何かが蠢く気配がし、次の戦いの予感が漂っていた。