盗賊退治を終えた零夜たちはギルドに帰還すると、メリアが柔らかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。盗賊団壊滅の噂はすでにギルド中に広まっており、彼女の耳にも届いていたらしい。
「皆さんが無事で本当に良かったです! まさか盗賊団を壊滅させるなんて、驚きましたよ!」
「大したことじゃないですよ」
メリアの満面の笑みに気圧されつつも、零夜は苦笑いを返す。
彼女はカウンターへ移動し、ある物を持ってきた。それは金貨がぎっしり詰まった袋だ。ざっと見積もっても六百万ハルヴはありそうだった。
「まずはこちらです。捕らえた盗賊たちには懸賞金がかけられていて、合計六百万ハルヴをお渡しします!」
「えっ、こんなに!? ありがとうございます!」
倫子が目を丸くして袋を受け取り、そのまま胸ポケットであるマジカルポケットに押し込む。盗賊を倒しただけで大金持ちになれるなんて、予想外のボーナスだった。
「それと、アイリンさんからお話を伺いました。皆さんも彼女と同じ八犬士の戦士なんですよね。そこで、特例としてランクアップの提案があります」
「提案? 何でしょうか?」
メリアの言葉に零夜たちは首をかしげる。特例のランクアップなんて聞いたこともない。当然の反応だろう。
そんな様子を見たアイリンが、尻尾をピンと立て、真剣な顔で口を開いた。彼女の猫耳が少し揺れ、ツンデレらしい口調が飛び出す。
「ふん、その内容ってのはね……あちこちに散らばってる悪鬼のアジトを一つ討伐するごとに、あなたたちのランクを一つ上げるって話よ。感謝しなさいよね!」
「「「ええっ!?」」」
アイリンの説明に、零夜たちは驚きの声を上げた。特に倫子と日和は、衝撃で思わず尻もちをついてしまう。
この様な話は想定外としか言えず、驚くのも当然と言えるだろう。
「アジト一つでランクアップって……夢みたいな話ですけど、本当なんですか?」
零夜が驚きを隠せずメリアに尋ねると、彼女は静かに頷いた。 その表情に偽りはなく、安心して話を聞くことができるだろう。
「ええ。あなたたちがタマズサと悪鬼を倒せる最後の希望なら、私たちも全力でサポートします。死んでしまったゴドムさんやギルドメンバーの仇を討つためにも、期待してるんです」
メリアの表情は真剣そのもの。実は零夜たちがこの世界に現れる前、ギルドは深刻な危機に瀕していた。アイリンのパーティーが壊滅した後、タマズサと悪鬼への不安が広がり、勇敢なパーティーが挑んでも返り討ちにあい、多くの犠牲者を出していたのだ。
メリアとアイリンはこの状況を打破するため話し合い、零夜たちを優先的に強化する方針を決めた。その結果がこの特例であり、彼女は本気でこの世界を守る為に考えていたのだ。
「その様子だと、ギルドメンバーも悪鬼と戦ってたんですか?」
「ええ。他のギルドも同じでしたが、結果は似たり寄ったり。中には解散したギルドもあるんです……」
日和の問いに、メリアは目を伏せて答える。その表情はとても悲しげで、今でも思い出すと泣きそうになってしまうのだ。
半月前から冒険者たちがタマズサや悪鬼との戦いに挑んだが、次々と敗れて多くが死亡。それによって冒険者を辞める者やギルドが崩壊するケースが増えてしまい、半分以下のギルドが壊滅してしまったのだ。
それを聞いた零夜たちは、もはや見過ごせない気持ちが強まっていく。タマズサたちの悪事を聞いた以上は、倒すしかないと決意を固めていた。
「分かりました。その特例、受け入れます!」
「零夜さん、本当ですか!?」
零夜の決断にメリアが驚くのも無理はない。彼は困っている人を放っておけない性格で、最後までやり遂げる覚悟を持っている。だがそのせいで苦労することもあるのだが。
「ウチらだけやなくて、他のみんなも不幸になっとる。この話聞いたら放っておけへんよ」
「これ以上不幸な人が増えるのは嫌です。何が何でも倒しに行きます!」
倫子と日和も決意を固め、メリアたちの提案を受け入れた。後楽園で死んだ人たちの仇討ちだけでなく、死んだ戦士たちのため、そしてアジト討伐ごとにランクアップを目指す。一石二鳥の好条件である以上、逃す理由にはいかないのだ。
「ありがとうございます! では、この件は随時承認しつつ、悪鬼の支部基地も全力で探します。皆さんの活躍を信じてます!」
「こちらこそサポートお願いします!」
零夜とメリアは固い握手を交わし、タマズサ軍を倒す決意を新たにした。さらには盗賊退治の功績で、特例として昇格試験も受けられることになった。
※
「やれやれ、騒がしい一日だったけど、無事に終わったな」
ギルドからの帰り道、ヤツフサがふぅと息をつきながら呟く。ふさふさの尾を軽く振って、零夜たちと今日を振り返っていた。そ
スライム退治や薬草採取といった簡単な依頼をこなしつつ、盗賊団との戦闘までこなしたのだから、予想外の展開続きだ。ヤツフサ自身、朝はこんな激しい一日になるとは想像もしていなかったのだろう。
「ふん、まぁね。あんたたち三人ともクエストをそつなくこなしてたし、実力ならCランクでもいけるんじゃないの? 褒めてあげるわ」
アイリンが猫耳をピクピクさせながら、ツンとした口調で言う。彼女の内心は少し複雑だった。褒める言葉を口にしながらも、本当は自分だって今日の戦いで大いに活躍したという自負がある。だが、それを素直に認めさせるのは癪だとでもいうように、わざと上から目線で言葉を投げかけたのだ。猫耳が動くたび、彼女の気分が少しずつ昂ぶっているのが見て取れた。
「いや、それは無理だ。現在俺たちのレベルは10だろ? Cランクは大体30くらいが目安だから、まだまだ遠い。せいぜいEランクか、頑張ってDランクってところだ」
零夜は冷静に分析し、現実をしっかりと見据えていた。彼は仲間たちの勢いに流されない冷静さがある為、今日の戦いで何度も危機を回避できた要因でもあったのだ。もしそれが無かったら、クエストは失敗していた可能性もあっただろう。
「ウチももうちょいレベル上げんと、スキルも解放できへんしなぁ。一種類のモンスターを倒す数が10増えただけやし」
「私もスキル増やさないと、今後の戦いで苦戦しちゃうかも……」
倫子と日和も現状に満足せず、さらに強くなる必要性を感じていた。悪鬼たちのレベルは自分たちより高い可能性があり、油断すれば倒されかねない。そんな危機感が、二人の胸の奥で静かに燃えていた。
「そうね。悪鬼との戦いはこれからよ。アジトを見つけたらすぐ動くんだから、覚悟しなさいよね!」
アイリンが腕を組み、鋭い目つきで言う。その言葉には、仲間たちを鼓舞するだけでなく、自分自身にも言い聞かせるような強い意志が込められていた。彼女にとって、悪鬼との戦いはただの依頼ではない。何か個人的な因縁すら感じさせるほどの執念が、その鋭い視線に宿っている。
「その通りだ。それまではレベルを上げて強くなるのが目標だ。心に刻んでおけ!」
「「「おう!」」」
ヤツフサの指示に、零夜たちは一斉に応える。彼にとって、この小さなパーティーはただの群れではなく、共に未来を切り開く存在だ。零夜たちもそれぞれの形で未来への覚悟を固め、タマズサたちの野望を終わらせようと決意をする。
その後、市場へ寄り道しながら帰路についた。明日は昇格試験が控えているが、今日はゆっくり休むことを決めたのだった。疲れた体に休息が必要だと誰もが感じていたが、同時に明日への期待が胸を膨らませていた。市場の喧騒を背に、彼らはそれぞれの思いを胸に秘めながら、家路を急いだ。