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第17話 まだ見ぬ可能性

「79……80……」


 盗賊団との戦いから一夜明けた朝、零夜は家の小さな中庭でヒンズースクワットに励んでいた。

 プロレスラーを夢見る零夜にとって、毎日の基礎トレーニングは欠かせない。ヒンズースクワットはもちろん、腕立て伏せ、腹筋、背筋、ランニング、受け身練習まで、日々の鍛錬は彼の生活の一部だ。  


(あの悪鬼ども、想像以上に手強い……だからこそ基礎をしっかりやらなきゃ、勝つなんて夢のまた夢だ……!)  


 そう心の中で決意を新たにしながら、零夜は黙々とスクワットを続ける。彼の1日のノルマは連続300回。達成するまでは決して手を緩めないと自分に課している。この訓練を怠ってしまえば、強くはなれないだろう。

 その時、中庭にアイリンが姿を現した。零夜が汗を流してスクワットに励む姿を見て、彼女は少し不機嫌そうに近づいてきた。


「何やっているの、零夜?」

「おはよう、アイリン。今、基礎練となるヒンズースクワットをしているからな」

「ヒンズースクワット?」  


 零夜の言葉に、アイリンは首を傾げて怪訝そうな顔をする。猫耳が少し倒れ、尻尾がチラリと揺れた。ヒンズースクワットなんて聞いたこともないし、そんな地味な動きが何の役に立つのか、彼女にはさっぱり理解できない様子だ。

 そこへ倫子と日和がやってきて、さらに日和の腕にはヤツフサが抱えられていた。ヤツフサは地面に降ろされるとちょこちょこと動き回る。倫子がアイリンの疑問に答えるように口を開いた。  


「ヒンズースクワットは足腰を鍛えるトレーニングであり、プロレスラーとしては大事な基本なの」

「私も練習する時、このヒンズースクワットを取り入れているの」

「なるほど。私も今後の戦いに向けて足腰を鍛えないといけないし、自分のペースで頑張らないと!」  


 倫子と日和の説明を聞いて、アイリンは少し納得したような顔をした。とはいえ、内心では「面倒くさいなぁ」とでも思っていそうな、ツンとした表情が垣間見える。それでも、蹴り技の威力を上げるには足腰が大事だと自分でも分かっているらしく、渋々ながらヒンズースクワットを始めた。彼女の尻尾がリズムに合わせて揺れるのが、どこか可愛らしい。  


「アイリンも始めたし、私達も行いましょう!」

「はい!」  


 日和がヤツフサをそっと地面に置き、倫子と一緒にスクワットを始める。八犬士全員が一斉にヒンズースクワットを行う姿は、壮観と言うか何というか、少し異様な光景だ。

 その様子を、小型フェンリルのヤツフサはジッと見つめていた。鋭い目つきで仲間たちを見回し、心の中で呟く。  


(今の八犬士にはプロレスって共通点があるのか……こいつら全員がプロレスラーになる日も近いかもな……)  


 そう思ったヤツフサは、小さな体を震わせて盛大にため息をついた。仲間がプロレスラーになるのは勝手だが、タマズサや悪鬼の討伐という本来の目的を見失わないか心配でならない。どうにかして軌道修正できないかと、彼は小さな頭をフル回転させ始めた。  


 ※  


 基礎練習と家事を終え、昼食を済ませた零夜たちは、クローバールのギルドへと足を踏み入れた。ギルド内はいつものように賑やかで、冒険者たちが談笑したり、クエストを選んだり、訓練場へ向かったりしている。

 零夜たちは受付カウンターにいるメリアのもとへ向かい、現時点で受けられるクエストについて相談を始めた。  


「今回は昇級試験ですが、貴方方の実力を測る昇級試験を行いたいと思います。今回受けるクエストは……Cクラスです!」

「「「Cクラス!?」」」  


 メリアが笑顔でそう告げると、零夜たちは目を丸くして驚きを隠せなかった。

 まだFクラスの彼らにとって、いきなりCクラスのクエストで昇級試験とは予想外すぎる。戸惑うのも無理はない。  


「なるほどね……私もこの意見は賛同するわ。クエストの難易度というのを学ぶ必要があるし、自らの実力を計測できるチャンスもあるから」

「「「へ!?」」」  


 アイリンがメリアの説明に頷きながら賛同すると、零夜たちは再び驚きの声を上げた。彼女の猫耳がピンと立ち、尻尾が自信満々に揺れている。普段はツンツンしているアイリンだが、こういう時だけ妙に前向きになるのが彼女らしい。

 八犬士にはまだ未知の力が眠っている。その実力を試すためにも、高難度のクエストに挑戦するのは理にかなっているし、もしかしたら彼らの潜在能力がSランク級である可能性だってある。  


「確かにその意見には賛同する。零夜達八犬士はまだ見ぬ実力を持っているので、それを計測する為にも上のクエストは受ける必要があるからな」  


 ヤツフサも小さな体で真剣に頷き、メリアとアイリンの意見に同意した。仲間たちの実力を知る絶好の機会だ。それを基に、今後の強化プランや方針を考えるのも悪くないだろう。  


「そうだな……じゃあ、アイリンの意見を採用しておくか。俺も今の実力を知る必要があるし」

「それに私達の現在のレベルを確認したけど、10となっているからね」

「10ですか? どれどれ……」  


 零夜たちがアイリンの提案に賛同すると、倫子が笑顔で現在のレベルを報告した。それを聞いた日和は、自分のステータスを確認しようとウインドウを呼び出す。

 画面に映し出された日和のステータスは以下の通りだ。  


有原日和ありはらひより

レベル10

職業:ハンター

武器:二丁拳銃、大剣

スキル:属性攻撃、ヒーリングソング、回復魔術、裁縫、不屈の心  


「不屈の心が追加されたみたい。けど、まだまだかな」  


 日和はステータスを見ながら苦笑いを浮かべた。レベル10で新スキル「不屈の心」が追加されたものの、悪鬼の戦闘員の平均レベルが15程度であることを考えると、まだ追いつくには程遠い。  


「俺達のレベルも確認してみましょう」

「そうやね。現在はどうなっているのか……」  


 零夜と倫子もそれぞれウインドウを呼び出し、ステータスを確認する。その内容は以下の通りだ。  


東零夜あずまれいや

レベル10

職業:忍者

武器:忍者刀2本、手裏剣、苦無、火薬玉

スキル:隠密行動、変化術、属性忍法、自動回復術

使用可能武器:毒刃  


藍原倫子あいはらりんこ

レベル10

職業:オールラウンダー

武器:ウィザードグローブ

スキル一覧:属性攻撃、ガードバリア、武器・モンスター召喚、料理、不屈の心  


「俺は自動回復術で、倫子さんは日和さんと同じ不屈の心ですね。あとは俺だけ使用可能武器もあるみたいですが……」  


 零夜が納得しながら呟くと、倫子、日和、アイリンは「むぅ」と頬を膨らませ、嫉妬の視線を彼に浴びせた。アイリンの猫耳がピクピク動き、尻尾が不満げに揺れる。  


「だって零夜君がスライム討伐の際、武器のオーブに素材を入れていたじゃない」

「私達だってまだやってないのに……」

「いくら何でもずるいんだから……」

「あの時はピンチの際でしたからね……」  


 倫子たちがジト目で零夜を責め立てると、彼は苦笑いで返すしかなかった。確かにスライム討伐の際、零夜は毒の粘液をオーブに取り込み「毒刃」を生成し、勝利に貢献した。だが、他の仲間はまだその機会に恵まれていないのだから、不満に思うのも当然だ。  


「では、こうしよう。次のクエストで素材を手に入れ、それを自らのオーブに入れて実践する。それならお前達も新たな武器を開発する事ができるはずだ」

「なるほどね。じゃあ、今からでも昇級試験用のクエストを受けに行かないと!」  


 ヤツフサの提案に倫子たちが目を輝かせると、彼女たちは一気にクエストボードへと駆け出した。その行動力は見事だが、猪突猛進すぎてトラブルを招く可能性もある。  


「この癖は悪い癖なのか分からなくなるが、ある意味尊重するべきだと思うな」

「でしょうね……」  


 クエストを選ぶ倫子たちを見ながら、ヤツフサと零夜は複雑な表情でため息をついた。今後のことを心配しつつも、その熱意は見習うべきだと感じているようだった。  

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